第220話 初めての告白

 高校に入って、色んな人に告白された。

 未来に始まり、すず、凛子先輩、あきら。

 四人から好意を寄せられるなんて、これをモテ期と言わずして何と言うってレベルの偉業だ。


 だけど、あくまで全て受ける側だった。

 自分がする側になるのはこれが人生で初めて。

 だけど、あんまり緊張はしなかった。

 早く伝えたい、顔が見たいとしか思わなかった。

 だから、そいつの顔を見た時も、普段通りリラックスしていたと思う。


「随分遅い時間に呼び出すのね。もしかしてあたしの事忘れてたのかしら?」


 苦笑しながら体育館にやって来る姫希。

 外は既に暗くなってきている。


「そんなわけないだろ」

「あら。じゃあもう本命の子には告白したの?」

「まだだよ」

「遅すぎるでしょ。何やってんのよ」


 まさか自分がその本命であるなんて、思ってもみない様子だ。

 俺が最も見慣れた制服姿で、いつも通りサイドアップにした髪を弄りながら姫希は俺をじっと見る。

 そしてそのまま、数秒見つめて。


「……え?」


 姫希は小さく声を漏らした。

 それを合図に、俺も口を開いた。


「姫希、好きだ」

「ッ!?」

「俺は、お前の事が大好きなんだ。付き合って欲しい」


 真っ直ぐに目を見て、俺は伝えた。

 ちゃんと言えた。


 しかし、当の姫希は予想外だったらしく、目を見開く。

 そしてぽつりと言った。


「あたしが、本命?」

「そうだ」

「もうみんなのこと、フッたってわけ?」

「あぁ」


 謎の確認をされて頷く俺。

 しかし、姫希はすぐに声を上げた。


「何やってんの? ありえないんだけど……」

「どういう意味だよ」

「なんでよりによってあたしなのよッ!? もっと好きになってあげなきゃいけない子が、君にはいるはずでしょ!? あんなにみんな、君の事が大好きで努力してたのに、なんであたしなのよ!」

「そんなの、お前の事が一番好きだからに決まってる」

「ッ!? ……だから、それが意味わかんないって言ってるの。そもそも、あたしなんかのどこに好きになる要素があるのよ」


 目を逸らしながら言ってくる姫希。

 俺はそんな彼女に真正面から言葉を返した。


「理由を挙げたら色々あるけど。まぁ言った方が良いよな。まずはそうだな、お前といると元気が出るんだ。辛いとき、いつも姫希が俺の背中を押してくれたから」

「そんなの、あきらの方が押してたじゃない」

「確かに寄り添ってはくれた。だけど、俺が前を向けた時、きっかけになっていたのはいつもお前だったんだ。俺は全肯定して慰めてくれる相手が欲しいわけじゃない。間違っている時に叱ってくれて喝を入れてくれる相手がいいんだ。お前はいつだって俺に文句を言った。未来にフラれてクラスで馬鹿にされていた時も、宮永先輩にちょっかいをかけられて部屋で悩んでいた時も、いつだってお前は俺に怒ってくれただろ。その上で寄り添ってくれた。そんな姫希のことが大好きになったんだ」

「……」


 物凄い事を言っている気がするが、恥ずかしさや照れはない。

 アドレナリンが分泌されているようだ。

 姫希は言葉を失ってただ俺の話を聞く。


「俺は弱い人間だから、姫希と一緒にいたいって思った」

「……なによそれ」

「あとはそうだな。俺、二回も姫希には看病してもらっただろ? 特にこの前はめちゃくちゃ嬉しかった。まだ保健室でお前が俺の手を握ってくれた事、覚えてる。ってか多分、あれがきっかけだ。姫希に対して特別な感情を抱き始めたのは」

「……」

「いつもは口が悪いくせに、落ち込んでる時はそばにいてくれて気を遣ってくれるところも好きだ。いつも可愛げなんてないくせに、たまに見せる笑顔も超可愛くて好きだ」

「やめてよ」

「確かに、お前にとっては迷惑な好意かもしれない。こんな急に告白されてふざけんなって思うのが普通だと思う。だけど、俺はお前の事が大好きなんだ」


 俺が姫希に告白することで、俺の事が好きな奴らとの仲が悪くなる可能性もある。

 あいつらに限ってそんな事は……と思いたいが、恋愛ってのはそれほどまでに人を変える。

 どうなってもおかしくない。

 そのくらい、俺は愛されていた。


「……迷惑なわけ、ないでしょ」

「え?」


 俯いていた姫希が放った言葉に、俺は首を傾げる。


「何度も言ってるけど、あたしも君のことが好きよ。でも、わかんないの。その感情が恋愛なのか何なのか。少なくとも、あきらやすずみたいに迷いなく君にぶつけられるようなものだと思ってなかった。だから、あんまり出さないようにもしてた。揉め事になるのも面倒だったから」


 今度は俺が黙る番だった。

 姫希がパッと俺の方を見る。

 その顔は真っ赤だ。

 まるで告白でもしたかのような表情である。


「だから、嬉しいわよ。複雑なだけで」

「そ、そうなのか」

「……本当にあたしが好きなの?」

「あぁ」

「……やっぱり信じられないわ」


 姫希はそう言って腕を組み、少し寒がるような仕草を見せた。

 四月と言えど、夜は冷え込む。

 制服以外何も上着を羽織らずにいるから当然だ。


 そんな姫希を見て、俺はとある衝動に駆られた。

 そして同時に、今までのあきらやすず、凛子先輩のことを思い出す。

 あいつらも、こんな感じだったのかもしれない。


「そんなに、信じられないか?」

「当たり前でしょ。そもそも君、全然そんな素振り見せてなかったし。ってかインフルの看病って言ったら一月じゃない。あれから三ヶ月……。その間だって鬼みたいに練習させられてたし、やっぱり信じられないわ」

「ハグしたい」

「……」


 正直に言った。

 すぐに姫希が目を見開く。


「な、なんでよ……」

「寒そうだから」

「だからって」

「好きな子が寒そうにしてるから、抱きしめたくなった」

「……今は無理。今度にしt――あ」

「今度?」

「……」


 姫希の歯切れが物凄く悪い。

 いつもは歯に衣着せぬ物言いのこいつが、珍しいものだ。

 それだけ、今がイレギュラーだという事。

 初めて見る姫希の姿に、俺はじっと見入ってしまった。


「なんでこんなことになっちゃったのよ……。嬉しいのか、苦しいのかわかんないわ。でも柊喜クンとあきら達の方が辛いんだものね」


 姫希の一言一句が愛おしい。

 こんなの、初めてだ。

 どんどん頭が重くなっていく。

 今まで押さえつけていたモノが、姫希の言動一つ一つによってどんどんなくなっていった。

 もう好きは我慢しなくていいんだ。


「姫希」

「うん」

「もう一回言う。俺と付き合って欲しい」

「……」


 彼女は俺の言葉に、顔を覆って見せた。

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