第219話 最後の一人
日が下がり、完全に夕暮れ時になってしまった。
五人を呼び出してそれぞれ話してからフるというのは、思った以上に精神的に消耗するし、時間も費やすモノだった。
だがしかし、必要な過程だ。
俺はみんなに応えると決めたから。
だから、これで最後だ。
今目の前にいる女の子をフッて、区切りをつける。
「お前とは付き合えない」
「……え?」
俺の言葉に目の前の女の子は目を丸くした。
まるで予想していなかったと言わんばかりの表情だ。
実際、時間も遅いし、順当に四人をフッた後と考えられるかもしれない。
また、自分が特別である事も自覚していただろう。
なんだかんだ自分に告白すると、思っていたかもしれない。
でも違う。
俺は今目の前にいる女子と付き合う気はない。
好きな子は別にいる。
「嘘でしょ柊喜」
「本当だよ、あきら」
目の前の女の子——あきらは俺の言葉に絶望の表情を見せた。
俺は、あきらをフッたのだ。
確かに今まで、一番長い時間俺のそばにいてくれたのはあきらである。
ずっと支えて来てくれた。
家族同然に育ち、中学に入ってからは夕飯までご馳走してくれるようになった。
部活に誘ってくれたのだってあきらだったし、喜びを分かち合い、悲しみもわけあって、俺のために泣いてくれたのはあきらだ。
だけど、違うんだよ。
俺が本当に欲しいものはそれじゃない。
好きな人に――恋愛に求めているのはそれじゃないんだ。
だってそれは……家族だろ。
都合のいい理解者じゃ、ダメなんだ。
お互いにな。
「待って。どういうこと? 私じゃないの?」
「違う」
「誰」
「それは後で言う約束だろ」
俺が告白した相手は、全てが終わった後に全員に報告することになっている。
当たり前だが、ここまで大々的に恋愛をしていて、いざ付き合ってからは秘密裏に~なんて意味が分からないから。
俺の言葉にあきらは自分の頬をつねる。
「ねぇ、痛いんだけど」
「だろうな」
「夢じゃないよこれっ」
「……あぁ」
「柊喜……。え? どういう……これから私以外の子と付き合っちゃうの? 五人の中の? え? なにそれ。なんで?」
あきらの目の焦点が定まっていない。
過度のストレスに情緒がおかしくなっている。
心配だ。
正直、すぐに抱きしめて大丈夫だよって言ってやりたい。
あきらの家族としての俺は、そうしたい。
でもダメだ。
今は家族ではなくただの男女。
そもそも何が大丈夫なのか、意味が分からない。
そして俺は自分のしたことが間違っているとは思わない。
こんな突き放すような言い方はしたくないが、ここから先はあきらが自分の力で立ち直るしかないのだ。
「二回もフラれちゃったの……?」
「……」
「私、幼馴染なのに。ずっと柊喜と一緒に居たのに。私が一番、柊喜のこと好きなのに」
「……」
「やっぱり、幼馴染だからダメなの?」
あきらは泣かない。
真っ黒な瞳で聞いてくるだけだ。
何故か、いつかの未来にダブって見えた。
「それもないとは言えない」
「……なにそれ」
「でもそれだけじゃない。好きな子ができたんだよ」
「だから、なんでそれが私じゃないの? 何がダメだったの? どうすれば、柊喜に好きになってもらえたの? もう、わかんないよ」
もはや、俺に言っているわけでもない。
ただ自分の心の声が駄々洩れているといった感じだ。
あきらは、一番の不安だった。
俺に依存しきっているのはわかっていたし、何より他の子と違って形成してきた関係性の積み重ねが段違いだ。
それが崩れた時、どうなるかなんて想像に容易い。
元々何度も『柊喜が他の子と付き合ったらどうなるかわかんない』なんて事は言われていた。
だけどそれと同時に、遠慮するなとも言われている。
そんな事を言われずとも、こうなった以上、ただの心配や情けで好きな人への想いを断ち切り、あきらと上辺だけの交際をするつもりはさらさらなかった。
それは優しさじゃないから。
だがしかし、こんなになったあきらを見て胸が締め付けられないわけでもない。
吐きそうだ。
「ご飯、美味しくなかった?」
「ッ!? そんなわけないだろ」
「顔が可愛くない? おっぱいが大きすぎる?」
「……違う」
「あはは、可愛いって言ってくれないんだ」
「それも、違うだろ」
言えないんだ。
言っちゃダメなんだ。
フッた女の子に、可愛いなんて言いたくない。
そんな事あきらだって冷静に考えればわかるはずなのに。
今の彼女には伝わるまい。
強要するべきでもないだろう。
俺が、我慢するべきだ。
あきらの想いの全てを、俺が受け止めるべきだ。
それが好意を拒絶した人間の責任だから。
あきらが立ち直るその時まで、俺はあらゆる言葉を甘んじて受け止める。
二人でしばらく黙っていた。
今までになく重苦しい間。
それこそ過去に一度、あきらの事は面と向かってフッているが、その時とは状況がかなり異なる。
今の俺には好きな子がいて、あきらと別れた後はその子に告白をする。
どうなるかはわからないが、付き合うことになる可能性もある。
そう考えれば、あきらも穏やかではいられないだろう。
「覚悟してないわけじゃ、なかったよ」
あきらは、ぽつりとまた口を開いた。
その顔は俺を向いている。
若干、理性が戻っている気はした。
「姫希、すず、凛子ちゃん、唯葉ちゃん。柊喜が誰のことを好きなのかはまだわからないけど、みんな魅力的だもん。おかしなことじゃない」
「あぁ」
「でもやっぱり『柊喜の事が一番わかってるのは私。だって幼馴染だもん』って思ってた。フラれるかもしれないって事を理解したくなかった。私にとって特別なのと同じように、柊喜にとっても、私が特別だと思ってたから。……あはは、なんで涙出ないんだろ。こんなに辛いのに。もー無理だっ」
投げやりに言ってあきらはお尻から崩れ落ちる。
そのままおかしな体制で転がるもんだから、スカートの中に履いてあるパンツが丸見えになった。
「力入らない」
「……」
「ごめんね。頭ではわかってるんだ。こんなことしたら柊喜を追い詰めちゃうだけだって。自分のことが今物凄い勢いで嫌いになってる。だけど、なんか無理。あはは、言葉も上手く出てこないや」
自暴自棄に寝転がるあきら。
髪の毛が乱れて口に入っている。
スカートなんて変な感じに曲がっているため、長時間このままの姿勢でいたら跡が付くだろう。
「……体育館の床、冷たいね」
「だろうな」
見下ろすのもよくわからなくなってきたため、なんとなくあきらの隣に腰を下ろした。
すると彼女ものそっと上体を起こす。
「ねぇ柊喜」
「どうした?」
「これから先、笑えるような事あるかな」
「そりゃいくらでもあるだろ」
「あはは、そっか」
俺と付き合うのが人生の全てではない。
俺よりいい男なんて、この世界にいる過半数の男が当てはまるだろうし、なんなら俺と付き合う方が不幸な気もする。
だけど、逆の立場になってみよう。
俺があきらに片想いをしていたとして。
そして二度もフラれて、同じコミュニティの男と付き合い始めたら。
どうなるのか、想像もつかないな。
正気を保てる気はしない。
「今から告白するんでしょ?」
「うん」
「ホントは頑張れって言ってあげたいけど、ちょっと今は無理かも」
「良いんだよ。ありがとな」
「……ホントに、ごめん。……帰るね」
あきらはよろよろと立ち上がると、逃げるように去っていった。
振り返らず、そのまま消えていく。
「ふぅ」
幼馴染の後ろ姿を見送った後、俺は立ち上がってため息を吐いた。
あきらをフッた。
今まで苦楽を共にして、一緒に歩んできたあきらの気持ちに俺は応えなかった。
だけど、これでいいんだ。
俺は、あきらがこうなることも予想した上でフッたのだから。
あいつなら立ち直れるだろうと、家族贔屓で信じているのもあるが、それ以上にあいつが苦しむことより、自分の恋愛を優先したのだ。
俺の好きな人への想いは、それほどだから。
スマホを見て覚悟を決める。
今から、大好きなあいつに告白をするんだ。
こんなテンションじゃフラれてしまう。
あいつは辛気臭い雰囲気が嫌いだろうしな。
「よし」
俺は最後の一人に連絡をした。
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