第208話 過去を超えて

 運命とはよくできているものである。

 俺は外の空気を吸いながら、ぼーっとそんな事を考えていた。


 二回戦、三回戦と過去に対戦経験のある相手との試合だったが、それは次の四試合目——準決勝も同じだった。

 前回、俺がインフルエンザで寝込んでいる際に戦ったチームが勝ちあがって来ていたのである。

 そこも当然強豪校なため、意外性はない。

 再戦することを予想して対策も練っている。

 正直、個人的にはさっきの対戦相手の方が不安要素だった。


「はぁ」


 それにしても、手に汗を握る試合だった。

 冷や冷やした。

 最後の最後、残り十秒で姫希がレイアップを決めてくれたおかげで勝てた。


 あいつが棚ぼたチャンスからワンマン速攻でレイアップを打った時、内心ヒヤッとしたのはここだけの話だ。

 今日ほど頑なにレイアップの練習をさせてきて良かったと思った日は初めてだ。

 全員が最高のパフォーマンスを見せてくれた。

 ありがとうと言う他ない。

 思い出すと笑みが零れてくる。


「なにニヤニヤしてるの?」

「……あきらか」

「トイレ行ってたら丁度見つけてさ。不審者にしか見えなかったよ」

「悪かったな」

「あははっ」


 口を大きく開けて笑うあきらに、俺もつられて声を出して笑う。


「初めて準決勝まで来たね」

「そうだな。ここまで来るのに八月からだから、八ヶ月か。長かったな」

「いやいや、異常だからっ。普通八ヶ月じゃ一回戦負けからベスト4まで上達しないから。……って、柊喜にとってはそれが普通なのかな」


 遠い目をするあきら。

 それを見て俺も考える。


 初めてこいつらの練習を見た時は言葉を失ったものだ。

 レイアップは入らないし、シュートも入らない。

 ドリブルもパスも下手くそで、そもそもすずもいなくて人数すら揃っていなかった。

 俺も、あの時は正直具体的に勝利へのプランなんて見えていなかった。

 そうか、ベスト4か。


「……凄いな」

「なにその他人事感。プレーは一緒にできてないけど、柊喜だってチームメイトだし、一緒に戦ってるんだから」

「はは、偉そうに文句言ってるだけだろ」

「そんなことないよ~」


 ニコニコしながら見つめられて、俺は目を逸らす。

 頬を掻きながら話を逸らした。


「体痛いところないか?」

「何? 揉みほぐしてくれるの?」

「必要とあらば」

「あはは。でも大丈夫だよ。クリスマス前、柊喜にめっちゃ走らせられてきたおかげなのかわかんないけど、まだ走れる」

「そっか」


 春の穏やかな風が心地よく吹き付けた。

 日光も気持ち良いし、のどかな日の下にいると春になったなぁと痛感する。


「次勝ったら決勝だね」

「はは、気が早いな。もう勝ったつもりかよ」

「柊喜の顔見てたら安心できる」


 選手を不安にさせないってのは大事な要素だからな。

 そう言ってもらえると嬉しいものだ。


「っていうかなんか思い出すね。前もこんな感じで二人で試合後に話したことあった」

「……練習試合の時か」

「そう。私が柊喜の手握ったりハグしたりした日」


 あの時は、あきらが俺に好意を寄せているなんて思いもしなかった。

 ただ純粋に幼馴染として、家族としてしか見ていなかった。

 だからハグされても何も思わなかった。


 だけど、今はどうだろう。


「私、まだあの日の感触覚えてるよ。ってこれはキモいか」

「キモいな」

「あははっ。ド直球」


 キモいのは俺も一緒だ。

 言われると思い出してしまう。

 異性として認識を改めた今、こいつの胸を押し付けられて、果たして俺はどうするんだろうな。


「次、勝つぞ」

「うん」


 俺達は部員が待っている控室に戻った。



 ◇



 やや接戦で準決勝の相手を下した後、俺達はマイクロバスに乗り込んだ。

 格上相手に一日で二試合もしたため、流石にお疲れだ。

 誰も騒がない。

 みんな寝ることもせず、ただぐったりとしていた。


 時刻は午後七時過ぎ。

 窓から見える外景は真っ暗である。


「明日、全員うちに集合してくれ」

「……作戦会議でもするの?」

「それもあるけど、マッサージとかもした方が良いだろ」

「はぁッ!?」


 通路向かいから身を乗り出して大声を出される。

 流石は姫希。

 体力が有り余っているらしい。


「心配しなくても朝野先輩がやってくれるから安心しろ。さっき話をして決めたんだ。俺の家は広いし、やり易いだろ」

「とか言ってえっちな事する気かな? 優勝前の思い出に~みたいな」

「俺の事をなんだと思ってるんですか。自慢じゃないですけど、本当にただの一度も変な接触はしてませんから」

「しゅうき、紳士だもんね」

「おう」


 俺だって欲がないわけではない。

 人並みに興奮はするのだ。

 だがしかし、あくまで俺の仕事はコーチであることと、そもそもこいつらに嫌われたくないからという理由で我慢してきた。

 そう、嫌われたくないのだ。


 今もニコニコしながら話をするこの最高に可愛い部員達に、俺は嫌われたくない。


「正直、今は試合の事以外どうでもいいですね。ここまで来たら油断せず、絶対に優勝したいので」

「そうですね」


 唯葉先輩のキャプテンらしい言葉に俺達は一瞬黙る。

 そしてすぐにまた笑った。


「ねぇ、すごくないっ!? 私達決勝まで来たんだよっ」

「本当にびっくりね! 勿論勝つ気はあったけれど、それでも前に負けた相手に全部勝ったのは感慨深いわ」

「僕もまさか得点面で貢献できる日が来るなんてね。いつも走ったり飛んだりだけで、バスケしてる気分にならなかったから新鮮な気分だよ」

「なんか今、すごくバスケ楽しい。すず、部活に戻ってきてよかった」

「わたしも幸せですよ。楽しみながら勝つって、とんでもない事ですから」


 試合疲れよりも興奮の方が勝っているようだ。

 明日は一日休みだし、十分に備えて決勝に臨みたいところだ。

 優勝した際の約束として事前に言われていたことは、とりあえず忘れておこう。

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