第209話 円陣
翌日、部員は俺の家に集合していた。
ちなみにようやく朝野先輩も来てくれている。
作戦会議やマッサージが目的なため、全員服装は練習着。
いつものようなお遊び会とは多少雰囲気が異なる。
「わざわざ家あげてくれてありがとね」
「いえ、当然ですよ。彩華さんこそありがとうございます」
忘れてはいけないが、今日は唯葉先輩のお姉さんも助っ人マネージャーとしてやってきてくれた。
彼女も以前は男子バスケ部のマネージャーをしていたため、ある程度のことはできるのだ。
だがしかし、ここまで至れり尽くせりだと頭が上がらない。
本人曰くやりたいから色々手伝ってくれているらしいが、そういう問題ではない。
いつかきちんとお礼しよう。
なんて考えている間に、部屋の支度は整った。
綺麗に洗って干してあった布団を敷き、準備は万端。
とりあえず凛子先輩と唯葉先輩からマッサージが始まったため、俺は部屋を出てリビングに戻る。
「あ、柊喜。飲み物何が良い?」
「お茶で」
「は~い」
パタパタとキッチンを歩くあきらの姿はなんだか懐かしい。
「俺の家なのに変な感じだな」
「今更でしょ。私は家庭的な女の子だから。お買い得だよっ?」
「知ってる」
本当に今更だ。
今までどれほどあきらに助けられてきたことか。
ソファでは姫希とすずが座っていた。
姫希はコーヒー、すずはオレンジジュースを飲んでいる。
なんかこいつら、飲み物一つで性格が表れてていいな。
「筋肉痛はどうだ?」
「……本当に酷いわ。脹脛がパンパン」
「すずは全身が痛い。……あと足の裏」
「私は太ももとか腕が痛い」
まぁ仕方のない事だ。
二日間で四試合もすれば誰だってキツい。
よくよく考えると、かなり鬼畜なスケジュールだよな。
俺だってひぃひぃ言っていただろう。
緑茶の入ったコップを二つ持ってきたあきらを迎えて俺達はため息を吐く。
「ってか、忘れてたけどみんな課題やった?」
「……」
「なにそれ」
あきらの問いに顔を背ける二人。
春休みは今週で終わりだって言うのに、とんでもない奴らだ。
ちなみに俺も終わっていないため、偉そうなことは言えない。
「あたしたち、二年生になるのね」
「クラス替え楽しみ。しゅうきと同じクラスだと良いな」
「ホントだよ。姫希が羨ましかった」
「なによそれ。でも、柊喜クンとクラスが離れたら寂しいわね」
「え?」
よくわからない事を言われて思わず聞き返すと、姫希が慌てて付け加える。
「べ、別に深い意味はないわ! ただ、あたし友達いないから、ちょっと不安で」
「……なんか怪しい」
「姫希ってなんだかんだ柊喜の事好きだよね。柊喜以外の男子と話してるとこなんて見たことない」
「そりゃ、こいつは特別だから」
「こいつって言うな」
嬉しいのか嬉しくないのか微妙なところである。
そんなことを話していると、唯葉先輩と凛子先輩が出てきた。
交代であきらと姫希がマッサージされに行った。
「ん~、結構スッキリした~」
「それは良かったです」
「欲を言えば柊喜君に揉みほぐしてもらいたかったんだけどね」
「骨折りましょうか?」
「ふふ、なんか今日僕への当たり強くない?」
「そんなことないですけど」
仮にそうであっても100%凛子先輩のせいだ。
拗ねたような顔をする先輩に俺は笑った。
「わたし、初めてお姉ちゃんにマッサージしてもらった気がします。今までさせられることしかなかったので……」
と、一方で唯葉先輩はしみじみと悲しい事を言っていた。
姉妹間の力関係が良くわかる。
「だいぶ楽になりましたか?」
「はい。特にお尻の凝りが凄かったので! ディフェンスの時に結構腰を落としてたからでしょうね」
「いつもディフェンス頑張ってますからね」
「あはは。でも柊喜くんも残念ですね。合法的に先輩JKのお尻を揉みほぐせるチャンスだったのに」
「え?」
「たまには揶揄おうとしただけなのに心外な反応されました!」
声を上げてショックを受ける唯葉先輩。
凛子先輩がそんな唯葉先輩のお尻をそっと撫でていたが、すぐに怒られていた。
微笑ましい。
「お尻ならすずの方がおっきいよ。触る?」
「触らん」
「むぅ」
隣に座っていたすずも平常運転だ。
俺は少しすずと距離を取るために右にズレた。
こいつは危険だ。
◇
全員のマッサージが終わった後、みんなで顔を突き合わせて座っていた。
「みんな今までありがとう。全員がこんなに頑張って付いて来てくれなかったら、一年足らずに決勝なんてこれなかったと思う。多少俺が引っ張られる時もあったけど、それくらい最高のチームだよ。あと朝野先輩、いつも俺含めみんなのサポートをありがとうございます。彩華さんも部員じゃないのにいつもお世話してもらって、感謝してもしきれません」
深々と全員に頭を下げ、さらに続ける。
「次の相手は強い。前回の冬の大会も、秋の新人戦も優勝してたチームだ。今までの相手とは全く違う」
次の対戦相手は間違いなく県内最強だ。
スタメンは基本固定で身長も大して高くないが、その分基礎がしっかりある。
レイアップなんて絶対外さないだろうし、パスを駆使した連携なんかも比べ物にならない程強固だろう。
だけど、そんな相手に一つだけ勝っているモノがある。
それは部員の仲の良さ。
あきらの言葉を借りるなら『俺達の絆は並じゃない』ってとこだな。
「負ける気なんて毛頭ない。相手の平均身長は百七十もないし、基本的に凛子先輩とすずが起点になると思ってくれ」
「任せて」
「頑張って走るよ」
頼もしい返事に頷き、俺は今度唯葉先輩を見る。
「相手の身長が低い分、唯葉先輩も活躍の機会は多いと思います。今回もオフェンシブな感じでお願いします」
「任せてください」
次は姫希だ。
「姫希、お前の一つ一つの判断に勝負がかかってる。数学と同じで途中式の計算ミスが最終的な誤答に繋がるからな」
「わかってるわ」
そして最後にあきらを見た。
ニコッと微笑み返してくる。
「俺達のチームも多少は研究されてると思う。そして最大の攻撃起点がお前だとバレているはずだ。だけど迷わず打て」
「全部決めるだけだねっ」
小手先のテクニックなんて通用しないだろう。
いつもと同じことをするだけだ。
全員に気持ち程度な話をした後、唯葉先輩が口を開いた。
「まぁ、楽しんでいきましょう。泣いても笑っても、勝っても負けても次の試合が今大会ラストです。楽しんだ者勝ちですよ!」
みんなでその言葉に返事をして、そのまま円陣を組んだ。
身長差があるためかなり屈みながらだが、俺は嬉しかった。
あんなに大した意志もなくバスケをただこなしているだけだった奴らが、ここまで真っ直ぐに熱くなってくれて。
そして俺を受け入れてくれて。
本当に、嬉しかった。
「……え、柊喜君泣いてる?」
「べ、別に。違いますけど」
「あははっ。もー、締まらないじゃん!」
明日、勝てると良いな。
その後の事は、その時に考えるだけだ。
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