第207話 試合に臨む覚悟
前半は25対29で折り返した。
息遣いの荒い選手に朝野先輩と風を送ってあげながら、俺達は休む。
「めっちゃ接戦してる……」
「そうだな。観客席の方見てみろ。結構応援されてるぞ」
「わっ。本当です!」
五人しか選手のいないチームが強豪相手に接戦すると言うのは、意外と関心を引くらしい。
大穴も良いところだからな。
そんな俺達とは反対に、相手ベンチは結構殺伐としているのが感じ取れる。
選手の焦りやベンチの不満など、ネガティブなオーラが伝わって来ていた。
「でもまだ、勝ってないのよ」
「そうだな」
息を整え始めた姫希がそう言うと、今度は凛子先輩が足を揉むような仕草をしながら口を開いた。
「次、多分マンツーマンディフェンスに切り替えてくると思う。僕達に交代がいないの知ってるし、体力差を突かれてヤバいかも」
「そうですね。だから、ここからはあきらがあんまり機能しなくなる」
俺の言葉にあきらは苦笑を漏らす。
マンツーマンディフェンスにあきらのシュートはあんまり有効じゃない。
ただでさえドリブルも身体能力も優れていないあきらは、本当に完封されてしまうだろう。
だから、うちの得点源は後半から変わる。
「すず、やれるか?」
「当たり前」
「後半からはスクリーンを用いたり、パスを繋げたりして戦術的に攻めるぞ」
後半はすずを起点に攻めるしかない。
というのも、唯一対抗できるのがすずくらいしかいない。
姫希のドリブルがいくら上手かろうと、やはりシュートやパスは下手くそなわけで、そこを突かれると何もできない。
凛子先輩だって最低限のドリブルができるようになっただけで、相手との一対一に勝てるほど上達したわけではない。
唯葉先輩に関しては身長が低すぎて八方塞がりだろう。
もしかすると、もう視界すらロクに確保できていないかもしれない。
すずは相手のセンターとも大して身長差がないし、性格的な面でも押し合いに負けていなかった。
実際、リバウンドもかなり取れている。
あきらや唯葉先輩が安心してシュートを打てるのは、仮に外してもすずがリバウンドを取ってくれるから、という精神的支柱のおかげでもある。
すずは、ずっと地味なところで頑張っていたのだ。
「……でも、ヤバいと思ったらすぐに言ってくれ。ゴール下は危険だから」
「ん」
「怪我したら意味ないからな」
懸念点があるとすれば、怪我だけだ。
俺は、二度と人が怪我で夢潰える瞬間を見たくない。
あんな思いをするのは、俺だけで十分だ。
普通に痛いし。
とかなんとか、そんな会話をしているうちにみんな完全に呼吸が戻った。
第3クォーターの開始である。
◇
後半は読み通り相手のディフェンスが変わった。
丁度予測と対策も講じていたため、みんなビビることなく対応できた。
大きく点差が離されることもなく、平坦な試合が続いていく。
「凛子先輩、足疲れてますね」
「え、そうなの?」
「さっきからジャンプの踏み込みが甘いです。だからほら」
「あ、レイアップ外した……」
別に凛子先輩の体力が特段少ないわけじゃない。
単純にそれだけ彼女が働いていただけだ。
だから、徐々にそれは他の選手にも襲い掛かるだろう。
俺達の一番の弱点だな。
「タイムアウト入れて休憩するの?」
「いや、入れられません。頑張って耐えてもらうしか」
まだ第3クォーターの半分だ。
こんな接戦の場合、第4クォーターの残り2分までタイムアウトは2回残しておきたいし、自由に使えるのは事実上1回のみ。
それをここで消費するのは勿体なさ過ぎる。
心配そうな顔をする朝野先輩に俺は苦笑しながら、試合を見た。
「大丈夫です。凛子先輩なら」
「……」
サボり方も上手いし、どうにかなると思いたい。
問題は凛子先輩より、すずだから。
すずは後半に入ってから前半より接触が増えた。
動き回る量も増えたし、疲労の蓄積は凄いだろう。
そもそも元の体力が人一倍少なかったこともあるし、不安である。
ただ走るだけでなく体をぶつけるというのは、疲れ方が全く異なるのだ。
なんて思っていると、たまたまフリーになった唯葉先輩がスリーポイントを沈めた。
ここで38対39。
ワンゴール差まで近づくことができた。
「よし!」
二人で放課後に練習した甲斐があった。
逆転は目前である。
だけど、なんだろう。
ずっと胸のどこかに不安が潜んでいる。
何かが、危険信号を俺に送ってくる。
こんなにいい試合をしているのに。
そう思っていた時だった。
「すずっ!」
あきらの声が響いた後、フロアにドンッと人が倒れる音がした。
いや、音がしたも何も目で見ているのだから、情報は理解しているはずだ。
だけど、音を聞くまで俺は目の前の状況の理解を拒んでいた。
気付けば、俺はベンチから立ち上がってコートに駆け寄っていた。
「すずッ!」
すずがリバウンド争いの時に相手から押されて倒れてしまった。
しかも、下敷きになる形で。
コートにうつ伏せで倒れるすずに俺は駆け寄る。
すずはゆっくり上体を起こすと、俺の方を見た。
そして笑う。
「なんでいるの」
「いや……。って怪我はッ!?」
「別に」
よく見ると膝の辺りを擦りむいていた。
結構血が出ている。
マジかよ……。
「そんなに心配しなくても平気だから」
「平気なわけないだろ」
と、そんなやり取りをしていると相手選手が寄ってきて不安そうに覗いてくる。
「ごめんなさい! 大丈夫!? 本当にごめん! つい強引にボール取りに行って押しちゃった……」
「ん。すずもさっきから押してるしお互い様」
試合中にこういった接触の怪我はよくある。
俺も相手を責める気はない。
謝ってくれたし、それだけで十分だ。
だけど、そういう問題じゃない。
こっちには替えがいないんだ。
とりあえず試合が中断されているため、急いで俺はすずをお姫様抱っこした。
「しゅうき?」
「ベンチで止血だ」
「……えへへ」
ふざけやがって。
人がこんなに必死で心配してるのに、なんでニヤニヤしてるんだよ。
チャンスとばかりにぎゅっと抱きついてくるし。
ため息を吐きながら俺はすずをベンチまで運んだ。
さて、どうしようか。
一緒にベンチに帰ってきた選手たちがすずを不安そうに見つめる。
「すず大丈夫?」
「実はこれは作戦。疲れてるはずの凛子ちゃんを休ませるために、わざと試合を中断させた」
「馬鹿な事言ってんじゃねぇ。お前が怪我してどうするんだ」
「大した怪我じゃないもん」
幸い傷口は大して深くなかった。
だけど、今からまたコートに戻すのは危険だと思う。
「……ラスト、4対5でいけるか?」
「え、何言ってるの?」
「お前はもうここで休んでろ。コートには戻せない」
バスケは2人以上までなら試合続行される。
勝つのはもう無理かもしれないが、これ以上酷い怪我をするくらいなら負けた方が何倍もマシだ。
と、そんな事を考えていると、すずは俺の方を見た。
その表情は、初めて見るものだった。
いつも緩い笑みを見せてくれていたすずに、睨みつけられていた。
「ここで下げたらしゅうきの事嫌いになる」
「……なんでだよ」
「勝ちたいからに決まってる。ってかすずの事舐めすぎ。この程度のかすり傷で過保護すぎる!」
「……」
「別にしゅうきの好きな人が知りたいから意地になってるわけじゃない。こんなところまで連れてきておいて、怪我したから終わりって、そんなのないよ。しゅうきが怪我で嫌な思いした事あるのは知ってるけど、それとすずは別」
いつからこいつはこんなに熱血スポーツ少女になったのだろうか。
話を聞いていて、不意に笑いが漏れた。
「でもどうしても怪我して欲しくないって思うなら、頑張れって言って。そしたら絶対頑張れるから」
「わかったよ。頑張れ。でも一応聞いておくが、足とかは痛めてないな?」
「ん……あっ」
「変な声出すな。大丈夫そうだな」
すずの足をペタペタ触って確認すると、艶やかな声で揶揄われたため、俺は声を上げて笑った。
元気そうで何よりだ。
じゃあもう、言う事はない。
見守るだけだ。
「勝つから」
「これで負けたら許さないからな」
「ん。そうなったらすずの事どうしてもいいよ」
最後までテキトーな事を言いながら試合に戻っていくすず。
あきら達はそんなやり取りに口を挟まず、ただ微笑んでいた。
◇
そのまま俺達は56対54という超接戦で準決勝にコマを進めた。
途中で怪我をしたことが相手の引け目を煽ったのかもしれないが、そんな事はどうでもいい。
大事なのは掴み取った一勝である。
そして、今日はもう一試合ある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます