第206話 コーチの仕事
翌日の三試合目——準々決勝。
正直、ここからは格上のチームとしか当たらない。
会場も高校体育館からアリーナに代わり、緊張感が増す。
俺が不在だった冬の大会では普通の体育館で準々決勝が行われていたため、みんな大きな会場にきょろきょろしていた。
昨日までの自信満々な姿は流石にない。
「留学生の女の子がいました!」
「柊喜君と同じくらい大きいんじゃない?」
「流石にそれはないでしょう」
先輩二人と話しながら、俺達は会場を散策する。
ちなみにあきら、姫希、すずの一年三人組は控室で縮こまっている。
いや、すずに関しては寝ているだけだ。
「仮にそうでも、不思議じゃないですけどね。俺はバスケやってる時、高身長で売ってたわけじゃないので」
「その身長でも高さ負けるのって、本当に男子バスケは世知辛いね」
「はは」
ちなみにこの会場には男子もいるが、俺より身長が高い人も何人かいた。
こういう場所にいると中学時代を思い出して少しわくわくする。
「柊喜くんは堂々としてますね。やっぱり慣れですか?」
「まぁ大きい会場でやる事は結構ありましたからね」
そんなこんなで適当な会話をしながら歩いて行くと、知人に遭遇した。
「お、千沙山じゃん」
「佐原か」
いつかの練習試合の時に知り合った数少ない男友達と再会した。
爽やかな笑みを浮かべながら俺の肩に腕をかけてくる。
相変わらず暑苦しい奴だ。
「千沙山んとこも勝ち残ってたのか」
「あぁ。お前らも勝ってたんだな」
「まぁ運良くって感じだけど。どーせ次で負けるから」
げらげら笑う佐原。
そいつは『応援行くから負けんなよー』と言いながら去って行った。
テキトーな奴である。
ちなみにうちの高校の男子バズケ部は既に敗退している。
「控室に帰りますか」
「そうだね。あきら達の緊張解いてあげなきゃ」
「キャプテンに任せてください。柊喜くんの堂々とした姿見てたらわたしも自信湧いてきました!」
嬉しい事を言ってくれる唯葉先輩と頼もしい凛子先輩と笑いながら、俺達は控室に戻った。
◇
準々決勝はぬるっと始まった。
若干表情の硬いあきらと姫希に不安は残るが、試合中にどうにかなると思いたい。
ジャンプボールは負けて、相手ボールから試合が開始される。
ゆっくりと攻めてくる相手ガード。
半年前に十倍の点差で負けているため、序盤からオフェンシブに攻めてくるかと思っていたが、意外な立ち上がりである。
クリスマスにも練習試合で手を合わせているし、その時の成長速度で警戒されているのかもしれない。
ディフェンスについている唯葉先輩は良いプレッシャーをかけている。
強豪校のスタメン相手に見劣りしていない。
流石キャプテン。
身長差をものともしない素晴らしい存在感だ。
と、すぐに試合は動いた。
唯葉先輩のディフェンスを嫌がった相手が出した甘いパス。
それをすぐに凛子先輩がカットした。
流石の身体能力か、それとも地頭の良さからくる予測か。
どちらにせよ、そのボールは姫希の元に渡った。
俺達の攻撃ターンである。
姫希を中心に一気に攻めあがる五人。
しかし、相手のディフェンスも硬く、簡単にシュートチャンスをくれない。
どうする姫希……?
俺が見守る中、姫希はドリブルを突いて敵陣に突っ込んだ。
やや強引とも言える突破。
それだとすぐに止められてしまう。
しかし、すぐに俺は悟った。
これはただのドリブルではなく、俺と何度も練習してきた必殺技への伏線であることを。
姫希は俺の予想通り、急にストップした。
それが相手の意表を突き、上手くずれが生じる。
一瞬、姫希がフリーになった。
直後姫希はシュート体勢に入る。
結局矯正しても汚いままのシュートフォームだ。
そこから、お世辞にも綺麗とは言えないシュートが放たれ、ネットを揺らした。
先制点である。
「よしッ!」
俺は手を叩いて声を上げた。
最高の出だしである。
姫希からの予想外の先制点をくらった相手は、すぐに対応してきた。
流石に場数が違うため、指示が迅速だ。
そのため、次の一手はなかなか決まらなかった。
相手も甘いパスやシュートが減り、確実に攻め込んでくる。
いくら練習を積んだとは言え、元は弱小校な俺達。
為す術無く点差が広がっていく。
このままではマズい。
俺は一旦タイムアウトを貰って選手たちをベンチに戻した。
一時休憩である。
「はぁ、はぁ……」
荒い息遣いのみんなにうちわで風を送りながら得点を見る。
第1クォーター残り2分で2対11か。
結構ボコボコにされている。
俺はまず姫希を向いた。
「最初の一本最高だったぞ」
「……ありがと」
「だがその後の動きは微妙だ。相手のゾーンディフェンスにテンパり過ぎだな」
「……」
「下を向くな。相手だって万能じゃない。弱点はあるんだ。今からそれを教えるから」
俺がここにいるのはこいつらを勝たせるため。
何も鼓舞するためだけにベンチにふんぞり返っているわけではない。
実際にコートで一緒に戦うことはできないが、俺だって戦っているのだ。
「今の相手のディフェンスにドリブルで突っ込むのは得策じゃない。外からシュートを打っていこう。正直こういう戦い方をしてくるとは思わなかったから面食らったが、大丈夫だ。うちには頼れるシューターがいるんだから」
「うん。大丈夫。私今日なんにもしてないから打てるよ」
頼もしく姫希の肩を撫でるのはあきらだ。
そんなあきらに俺は指示を出す。
「お前は基本的に左サイド45度に立っているだけで良い。姫希からパスを貰ったらシュートを打つ。いいな?」
「わかった。全部決めるだけだね」
「そうだ」
いつかのような自信なさげなあきらはいない。
試合開始前までの緊張も抜けている。
温まったのだろう。
「で、あきらの逆サイドには唯葉ちゃんが立ってください。あきらのシュートが入れば絶対にディフェンスが寄るので、唯葉ちゃんがフリーになりやすいです。唯葉ちゃんまでスリーを決めれば相手は今のゾーンディフェンスをやめざるを得ません」
「そうですね。たまにドリブルを混ぜればかき回せます」
「はい」
姫希をもう一度見ると、こぶしを握り締めていた。
「お前は中央に立ってパスを出すだけで良い。でも、相手があきらや唯葉ちゃんに気をとられ始める瞬間が絶対出てくる。その時は、わかってるな?」
「もう一度、あたしが攻めればいいのね。やるわ」
「あぁ。任せた」
落ち着いたみたいで一安心だ。
そのまま俺は凛子先輩を見る。
「で、相手がディフェンスの形を崩したら今度は凛子先輩のレイアップが生きます」
「それまではディフェンスに専念するね」
「はい」
今の相手のディフェンスは、すずを中心としたうちのインサイドからの攻撃を守る事に特化している。
そのため、インサイドで活躍する凛子先輩とすずは苦しい戦いを強いられている。
最後にすずを見ると、ムッとした顔で水を飲んでいた。
「すず」
「……」
「頑張ってるな。偉いぞ」
「しゅうき、この試合すずの出番ある?」
「俺の読みが正しければ後半はお前が得点の要になる」
「……すずなら頑張れる?」
「勿論。信じてる」
「えへへ。じゃあ頑張れる」
すずは先程の仏頂面はどこへ行ったのか、ふにゃっといつも通り緩い笑みを浮かべて頷いた。
眩しすぎる顔だ。
そのやり取りを眺めていたあきらが俺のバッシュをこつんと蹴ってくる。
「なんかイチャイチャしてる」
「してねーよ。俺はみんなの事を平等に信頼してるから。そもそも現状突破するには、まずお前のシュートが必要不可欠だ。マジで頼んだぞ」
「あはは、ホントどこでも変わらないね」
顔を見合わせて笑う部員達。
かなりの点差で負けているのに、暗い雰囲気なんてどこにもない。
おかしな奴らである。
「逆転しますよ!」
唯葉先輩の掛け声で、全員気合を入れてコートに戻った。
その後、俺の指示通りあきらと唯葉先輩によるうちのスリーポイントの嵐が巻き起こった。
相手は2点ずつ、うちは3点ずつ。
徐々に点差が縮まっていくのは明らかだ。
第2クォーター終盤、ついに23対28にまで食らいついた。
「千沙山君は凄いね」
「どこがですか?」
「試合見てすぐに突破口思いついちゃうところだよ」
「はは。まだ逆転してないのでアレですけどね」
朝野先輩に言われて俺は笑う。
心に余裕があったので自然と笑みが零れた。
朝野先輩も同じだろう。
実際、コート上では俺の読み通りになっていた。
あきらのシュートを警戒し過ぎて唯葉先輩にドリブル突破されたり、今度は姫希にミドルシュートを打たれたり。
その攻撃に慌てた相手の裏を取り、一本凛子先輩もレイアップを決めた。
完全にこちらの手のひらの上である。
試合の流れは俺達のモノだ。
逆転するのも時間の問題だろう。
ただ一つ、懸念があるとすれば……。
俺はじっと、ゴール下で押し合いをしているすずを見つめた。
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