第195話 大会への特訓(すず後編)
「すずは、あれだな。ゴール下以外の場所でも活躍してもらいたいな」
「どういう意味?」
基本的にすずがボールを持つのはゴール付近。
しかし、何もその位置だけにとどまっておく必要はない。
センターだからと言って常にゴール下にいる必要はないという事だ。
「たまに練習でオフェンスパターンの練習とかするだろ? あの時お前はどこにいる?」
「フリースローラインのとこくらい」
「そうだな。試合中ももっとその位置まで出てきていいんだぞ」
すずがゴール下にいることで、上のスペースは空くのだが、そうなると今度は外からのシュート以外で点を取るのが難しくなる。
あと、さっきも言ったが読まれやすい。
色んな動きのパターンを増やさないとな。
「でも、何すればいい?」
「練習でやってるみたいに姫希の所にスクリーンかけてあげて攻めやすくしたり、パスを貰ってそのままシュートを打ったり。すずの得意なパワー勝負に持ち掛けてもいいんじゃないか?」
「おぉ。やってみる」
「あぁ」
とりあえずお手本がないのは難しいだろうから、俺が先にやって見せる。
そして今度はすずにやらせる。
「考えること増えた。何すればいいか悩む」
「じゃあ今からいっぱい練習しないとな」
「ん。頑張る」
「あぁ」
ボールを持ってフリーズしたまま呟くすずに、俺は苦笑した。
その日は、そんな感じで二人で練習を続けた。
思ったより時間が過ぎるのが早く感じた。
◇
「しゅうき」
「どうかしたか?」
「この前の試合ですずのダメだったとこ、全部教えて欲しい」
帰り道。
一緒に練習して帰り道も途中まで一緒なのに無視するのは逆に変だから並んで帰っていると、すずが言ってきた。
「結構言ってるけど」
「ううん。じゃなくて、実際に見ながら言って欲しい。口で言われても理解できない。すず馬鹿だから」
「どうやって?」
「今からしゅうきの家行きたい。試合のビデオ持ってるでしょ? それ見ながら教えて欲しい」
すずの真面目な言葉に、俺は頭を悩ませる。
確かにそれが一番だろう。
口で言われるだけより、視覚情報として捉えた方が理解度が上がるのは当然だ。
だがしかし、簡単に頷くことはできない。
女子を家にあげるのは気が引ける。
「むぅ。変な事しない。すずは真面目に言ってる」
「でも二人きりだとなぁ」
「もしかしてしゅうき、やましいの?」
じっと目を見られ、俺も視線を返した。
なるほど、そういう事を言ってくるわけか。
実際、正直に言うなら少しやましい。
だって流石に意識するから。
ただまぁ、前も言ったが俺の私情ですずのやる気を削ぐのは不本意だ。
せっかく頑張ってるのに。
「俺に触れたら追い出す」
「……それは許して」
「無理です」
若干不安に思いつつ、俺はすずを家にあげた。
とりあえず部活のグループには『しゅうきの家で試合の復習する』とのメッセージを入れていた。
◇
「お邪魔します」
「はい」
「久々のしゅうきのおうち。落ち着く匂いがする。住みたい」
きょろきょろしながら上がってくるすずに俺は笑う。
しかし、すぐにすずは足を止めた。
「すず汗かいてる」
「そうだな」
「臭くない?」
「良い匂いするけど」
「……気になるからシャワー貸して欲しい」
「わかった」
気持ちが分からなくはなかったため、俺はすずを脱衣所に通す。
すぐに服を脱ぎ始めた彼女に俺は慌てて脱衣所を閉めた。
だから、こういうのが心臓に悪いって言ってんだよ。
ため息を吐きながらソファに座り、前の事を思い出した。
あれは、遠征から帰ってきた直後だった。
シャワーを借りたあきらから受けた、刺激的な告白の記憶。
いきなり全裸で出てきて、混乱した。
そして危うく理性を失いかけた。
今回もそうならないとは限らない。
「とりあえず着替え置いておくか」
細心の注意を払いつつ、俺は対策をした。
失敗から学ぶ男なのだ。
◇
「負けた試合のやつ見たい」
「わかった」
結果から言って、俺の杞憂に終わった。
すずはちゃんと体を拭いて、服を着てきたし、ラッキースケベ的な展開も起こらない。
積極的だが、意外とすずって初心なところも多いし、ちゃんとしているのかもしれない。
見せる方もかなり緊張するだろうしな。
何はともあれ、何も起きなくて良かった。
俺は大切に取っていたこの前の試合を読み込ませ、操作する。
ちなみに二人でソファに並んで座っている。
お行儀よくテレビを見ているすずはなんだか可愛い。
余談だが、部活のグループではあきらが唯一不服そうなスタンプを送っていた。
しかし真面目な練習なのはわかっているため、露骨な反対は誰もしない。
今度全員に同じことをするのもいいかもしれないな。
試合を再生してしばらくすると、すずは指をさす。
「この相手の女の子、ユニフォームが良い匂いした」
「何を嗅いでるんだお前は」
「顔も可愛い」
思い出を振り返って楽しむ会ではないのですがすずさん。
「ここ、完全に抑えられて困った。どうするべき?」
しかし、ちゃんと締める所はわかっているようだ。
急にガチな質問をされて俺がびっくりする。
「これはさっき言った通り、ゴール下まで入り過ぎてるから相手に追い詰められてるんだ。スペースをうまく活用しないと、コート端に追い詰められて何もできなくなる」
「場所取りが悪かったんだね。流石しゅうき、わかりやすい」
「そりゃどうも」
ふと彼女の方を見ると、俺の事なんて微塵も見てなかった。
その瞳に反射するのは試合だけだ。
集中している。
いつも子供っぽい表情なのに、何故かこの時だけ大人びて見えた。
「ん?」
「あ、いや。なんでもない。次のシーン行くぞ」
気付けば俺の方がすずに見惚れていた。
指摘されて無性に照れてくる。
顔が赤くなっているような気もするが、大丈夫だろうか。
っていうか俺、どうしたんだ。
「この日、しゅうきがいたら勝てたのかな」
「さぁな。俺達が対応したらしたで、向こうもそれに合わせてくるだろうしな」
「でもやっぱり寂しかった。ベンチに帰っても、大好きな人がいないのは辛い」
「ごめん」
「しゅうきが熱出したって聞いた時、心配して泣いちゃった」
「それは……大げさだな」
「本当はお見舞いに行ってあげたかった。覚えてる? すずが熱出した日にしゅうきがお見舞い来てくれたの」
「あぁ」
俺がすずの事を異性として意識し始めたのって、あの日がきっかけだったからな。
うるんだ瞳と火照った頬でキスをせがまれ、ドキッとした。
忘れるわけがない。
「すずは辛い時、しゅうきが声をかけてくれたら頑張れる。しゅうきのカッコいい顔見たらドキドキするからやる気出る」
「……」
「でもそれだけじゃダメなんだって。すずは、しゅうきにとってもそういう存在になりたい。すずの顔見て、元気出して欲しかった。だから、悔しかった」
「十分元気貰ってるよ」
「ほんと?」
「うん」
すずの無邪気な笑顔を見ていると、俺の方も自然と口角が上がる。
毎日真っ直ぐな好意をぶつけられ続けて、たまに重い時もあるが、基本的には幸せだ。
もう既に、すずは俺にとってそういう存在だ。
というか、そんな事を考えてくれているのか。
ちょっと意外だった。
もっとわがままに、自分の好きという感情だけで生きているのかと思っていた。
俺は、すずの事をちゃんと理解できてなかったんだな。
「だからすず、あの日はスキップしながら帰るあきらに無理やり付いて行って一緒にお粥作った」
「無理やりだったのかよ」
「ん。あきら抜け駆けしようとしてたから」
「家が隣なんだから、抜け駆けとか言ってやるな」
「それもそう」
しかし、そうか。
そんな事があったのか。
すずはそのままにっこり微笑み、俺の方に腕を広げながらやってきて。
だけどそのまま抱き着きはせずに首を傾げた。
「触ったら追い出される?」
「あぁ」
「じゃあ我慢」
自制してくれてよかった。
ありがたい話だ。
多分今抱き着かれたら、無意識に俺も受け入れてしまっただろうから。
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