第192話 大会への特訓(凛子前編)

 うちの女子バスケ部で一番バスケが下手くそなのは姫希ではない。

 散々前から言ってきたが、約五ヶ月経過した今でも俺の感想は変わっていない。

 そもそもあいつってドリブルは上手な部類だし、その点で見ればもはや下手という事すら首を傾げるレベルだからな。

 それ以外は悲惨なため、バスケが上手いとも言えないが。


 しかし、今俺の隣にいる人は若干毛色が違う。

 シュート、ドリブル、パスの全てがヤバい。

 誇張抜きで褒められるところなんて、滅茶苦茶探してようやく『レイアップは入るんですよね』程度のものである。

 要するにかなりマズい。

 問題児だ。


 と言っても、この人だってチームには超必要な選手だ。

 何故なら、部内断トツで身体能力が高いから。


「こんな人気の少ないところに連れ出しちゃって。何する気なの?」

「バスケの練習ですね」

「とか言ってえっちな事する気?」

「して欲しいんですか?」

「うん」

「……」

「ふふ、冗談だよ。相変わらず可愛いね柊喜君は」

「揶揄わないでくださいよ凛子先輩」


 隣で楽しそうに目を細めるのは凛子先輩だ。

 今日は部活が終わった後、凛子先輩に公園まで一緒に来てもらった。


「ここの公園はいつも姫希と使ってる場所です」

「ふぅん。他の女とのデート場所を使い回すんだ」

「まぁ、穴場なので」


 否定するのも面倒になったのでそのまま話を続けると、凛子先輩は苦笑して引き下がる。


「で、今日はどうしたの?」

「凛子先輩にドリブルの練習でもしてもらおうと思って」

「あれだけ僕にはドリブルすんな、シュートすんなって言ってたのに?」

「なんか人聞き悪いっすね。でもまぁそうです」

「実際柊喜君も知ってると思うけど、僕のドリブルは酷いよ。ボールを見てないと真っ直ぐ走る事すらできないからね」


 若干自慢気に聞こえるが、気のせいだろうか。

 自覚があるのは大いに結構。


「まぁ、どうにかしましょう。元々レイアップだって入らなかったのに、今じゃ外す方が珍しいじゃないですか。唯葉ちゃんより確率いいですよね」

「あはは、僕の方が身長があるから、リングまで手が近いんだよ」

「だけど、ドリブルができないとせっかくのレイアップが効果を発揮しません。もっと、得点できるような選手になってもらいたいんです」


 他の奴にも同じ事を言ったが、やはりオフェンス面がこのチームの課題だからな。

 凛子先輩にもそういう面での成長を望んでいる。

 そして、まぁこの人ならどうにかなるだろうという感覚もある。

 俺はそれなりにこの、身体能力以外は壊滅的な先輩を信頼しているのだ。


「僕にできるかな」

「はい。俺もいますし」

「そうだね。頼りにしてるよ」


 別に一人で押し付けるわけじゃない。

 二人三脚、全力で俺がフォローする。

 真面目な時は真面目な先輩だし、大丈夫なはずだ。


 しかし。


 そこでお腹の音が響いた。

 勿論俺のものではない。


「……我慢してたんだけどな。マジ恥ずかしい」

「なんか、買いに行きますか」

「ごめん、話の腰折って」

「大丈夫ですよ」


 珍しく顔を赤くして恥ずかしがる凛子先輩。

 どうしよう。

 内に潜むダメな俺が悪い事を囁いてくる。

 いじりたい、揶揄いたい。

 日頃の仕返しをしてやりたい……。


 チラッと見ると、目が合った。


「なんでも買ってあげるので思う存分食べてください」

「……性格悪いね」

「はは、そうですか?」

「うん。可愛くない」


 俺達は互いに苦笑しながら、そのままコンビニに行った。



 ◇



「なんか思い出すな。前にコンビニで会った事あるよね」

「あぁ、唯葉ちゃんと一緒の時か」

「そうそう」

「あの時は凛子先輩の事を男子だと思っちゃいました」


 それこそあの日と同様、ジュースを眺めながら話すと凛子先輩はジト目を向けてくる。


「えー、なにそれ。悪口?」

「違いますよ。髪短いし身長高いし、スタイル良いから」

「急な褒めは心臓に悪いよ。ドキドキする」


 あと、口には出さないがこの人の顔はめちゃくちゃ綺麗だからな。

 柔らかさは勿論あるんだが、鼻筋や輪郭の繊細な感じが可愛いより綺麗を主張する。


 そして、凛子先輩とコンビニで会ったのは、恐らくあの日だけじゃない。


「あ、冷やし中華だ。これ食べようかな」

「好きですね、それ」

「楽だし良いよね。柊喜君も何か食べる? どうせならこれで今日の夕飯済ませようと思ってるんだけど」

「じゃあ俺も一緒に何か食べます」


 とは言いつつ、敢えて冷やし中華は手に取らなかった。

 この人は、あの日の事を覚えているんだろうか。

 それとも、やはり俺の記憶違いだったのだろうか。


 そんな事を考えつつ、俺はテキトーに弁当を買い、凛子先輩と共にコンビニを出た。

 ちなみに凛子先輩が奢ってくれた。



 ◇



「この前、あきらが話してたのを聞いたんだ」

「え?」

「部室でね。柊喜君の初恋の話みたいなのをしてて」

「……」

「ふふ、めっちゃ見てくるね」

「あ、いや。すみません」

「いいよ。気が済むまで見て」


 公園に戻って二人ベンチに並ぶ。

 そしてご飯を食べていると、凛子先輩は俺の方をじっと見る。

 そして少し首を傾げて小声で聞いてきた。


「身長が高いショートヘアの美人。出会った場所は高校の帰り道にあるコンビニ。で、その子が買ってたのは冷やし中華だって聞いた」

「……はい」

「それって、僕?」


 いつも若干低い凛子先輩の声。

 だけど、今この瞬間は、なんだかとても女の子らしく聞こえた。

 ドキッとして思考が停止する。


「って流石に自惚れ過ぎか。その出会いがあったっていう時期と場所、そして僕の容姿と冷やし中華を買っていたっていう話から推察したんだけど、柊喜君が一目惚れする程の美人じゃなかったかな」

「……わかりません。あんまりよく、顔を見れてないので」

「そっか」

「でも、凛子先輩は美人ですよ」

「一目惚れするくらい?」

「……はい」


 脳があんまり動いていない。

 どういう感情なのか、自分でもわからない。

 でも、この人は知っていたんだ。

 俺の初恋の相手が自分かもしれないと、気付いていたんだ。

 それを聞いて、顔が熱くなる。


「僕、柊喜君のタイプなの?」

「……やめましょう、この話は」

「そうだね。僕も、ちょっとヤバいかも」


 よく見ると凛子先輩の顔も真っ赤だった。

 そりゃそうか。

 好きな相手に自分はタイプかなんて素面じゃ聞けないもんな。


「でもね、正直気付いてたよ」

「何が、ですか?」

「柊喜君がよく僕の顔とか見てた事。自意識過剰って気はしないんだけど、どう?」

「……ノーコメントで」

「そっか。あはは、そうだよね」


 ノーコメントという名のただの肯定である。

 俺は先輩の言う通り、ふとした時に彼女の顔を追っていた。

 理由はそれこそ、タイプだからだ。

 気付かれていたのか。

 本当にめちゃくちゃ恥ずかしい。

 あの日——凛子先輩に告白された日、俺が彼女のキスを避けなかったのは、これが理由である。

 我ながら最低な男だ。


「恋愛って、上手くいかないね」


 ボソッと俺に言うでもなく呟いた凛子先輩。

 確かにその通りだ。


 俺の一目惚れと凛子先輩の好意が同タイミングで重なれば、きっと俺達は付き合っていただろう。

 だけど、もう状況が違う。

 純粋な感情だけで、俺達は恋愛をできない。

 あまりにも失うモノがデカすぎる。

 凛子先輩は凛子先輩で、自分の感情を優先したいほど、それを蔑ろにしたいとは思っていない。

 今いる場所が最高に、幸せな空間だから。


 だから、俺の役目はその場所をさらにいい場所にすることだ。


「飯食ったら練習しますよ」

「そうだね。ドリブル練習楽しみ」

「ははっ」

「え、なんで笑うの」

「ドリブル練習が楽しいわけないでしょう。文字通り苦行が始まるんですよ」


 俺の言葉に凛子先輩は顔を引きつらせながら笑った。

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