第190話 大会への特訓(姫希前編)
夜の公園にボールの音が響く。
規則正しいその音からは、音の主がそこそこボールを扱うのが上手いことが分かる。
音だけ聞けばそんな感じだ。
「冷えるわね」
「そうだな。上着貸してやろうか?」
「いらないわ。どうせすぐに暑くなるから」
「間違いない」
音の主は肩までくらいの髪をサイドで結んだ少女。
彼女はドリブルをやめ、バスケットボールを手に持つと俺の方を見た。
「あたし、どうなったらもっとチームに貢献できるかしら」
姫希は考え込むような顔をしながら、再びドリブルを始める。
俺とマンツーマンの練習を始めて四ヶ月か五ヶ月。
初めのぎこちないドリブルからは予想もできない程、彼女のそれは上達していた。
今では考え事をしながら、手元を見なくともボールをコントロールできている。
現在時刻は午後七時半。
練習が終わってそのまま二人でいつもの公園にやってきた。
しかし、俺が昨日春に向けての抱負を掲げたせいか、姫希の表情はいつになく真面目だった。
「まぁ、シュートだよな」
「そうね。点が取れなきゃ勝てないってのは痛感させられたわ」
「あぁ」
姫希に得点力があれば、かなり戦略に幅も生まれる。
基本的に強いガードってのは、自分で得点する力があるからな。
ガードのポジションの主な仕事はゲームコントロールだが、それは自分が得点しやすいように味方や敵を動かすことも含まれる。
まぁとにかく、点が取れるに越したことはない。
と、そこで俺は目の前にある古びたバスケットゴールを見る。
「ここのゴールでシュート練習は厳しいな。場所を変えるか」
「……そうね」
「嫌か? あ、俺と一緒なのを見られると恥ずかしいとか?」
「それもある」
放課後に男女で一緒に練習をしていると、外から見られた時に変な感想を抱かれそうだ。
同じクラスの奴なんかに見られたら、また何か言われそうだ。
俺と姫希が同じ部活なのはみんな知っているが、高校生ってのは色恋に結び付けるのが大好きだから。
「君の妹だとか、思われそう」
「あ、そっち?」
「え?」
「いや、てっきり彼女だと勘違いされるのが嫌なのかと」
俺がそう言うと、姫希はふっと笑みを零す。
そして俺の方を呆れたように見つめた。
「君、自分の彼女にこんなハードな練習させるの?」
「……」
「君のコーチングって結構ズバズバ言ってくるし、傍から聞いたらいじめにしか思えないわよ」
「そ、そんなに俺のコーチングって酷いのか?」
「別に。あたしは上手くなりたいから、思った事を言ってくれた方が助かるわ。ただまぁ、初期の方は結構辛かったわね」
「ごめん」
「あはは、今更何よ。結局柊喜クンのおかげでこんなに上手くなったんだもの。何も間違ってなかった」
姫希に数学を教えてもらう時、毎度怯えていたのだが、実は姫希も似たような感覚で俺から指導されていたのかもしれない。
参ったな。
比較的優しくしようとは思っていたんだが、如何せん姫希がこんな性格な事もあって、俺もきつく当たっていた可能性がある。
反省だ。
優しくしよう。
「なんか飲み物でも買ってこようか? 喉乾いたろ?」
「なにその露骨な機嫌取り。キモいわね。気にしてないって言ってるでしょ」
「言い過ぎだろ」
「だって気持ち悪いんだもの。心配しなくても柊喜クンが優しいのは知ってるから安心しなさい」
姫希って、いつも口が悪いくせにたまに優しいよな。
それも口だけでなく、表情も柔らかくなる。
こういう時のこいつはなんて言うかその……少しアレなので緊張する。
やめて欲しい。
「ってか今更どう思われようが気にしない。そもそも君の言う通り、あたし友達いないから気にする相手もいないし」
「俺の言葉根に持ってる?」
「さぁね。お互い様でしょ」
「確かに」
「じゃあそういうわけだし、場所を移そうかしら」
姫希はそう言ってそばに置いていたリュックを背負った。
「早く行きましょ。今まで勇気がなくて行けなかったけれど、一つだけ綺麗なリングがある場所を知ってるのよ」
「あ、あぁ」
「でも、本当は体育館の方が良いわよね。天井の有無で感覚も変わるし。そうだ君、普段の練習の時もあたしのシュート見てよ」
「勿論」
俺の前を歩く姫希の言葉を聞きながら、俺は頷く。
姫希の足取りは軽やかだ。
まるで今から始まる練習が楽しみだと言わんばかり。
なんだかなぁって感じである。
俺は姫希の隣に追いつくと、そのままバス停でバスを待つ。
「言っておくが、シュート練習は楽しくないぞ」
「何よ。ドリブルするより楽しいでしょ」
「はは、数週間後に同じ事言ってるか、楽しみにしておこう」
俺達はそんな事を話しながら、二人で笑った。
◇
バス内で俺と姫希は隣同士で座った。
珍しく若干人がいたため、邪魔にならないようにだ。
「そう言えば教室の席離れたな」
「そうね。……久々の元カノはどう?」
「どうって。なんか変だよあいつ」
隣の席になった未来は今日もおかしかった。
消しゴムを落としたら即座に拾ってくれるし、教科書がなくて当てられた時に困っていたから仕方なく見せてやったら、それはそれで顔を赤くして照れてたし。
なんなんだあいつは。
意味が分からなさ過ぎて怖い。
「あの子、本当に君の事好きなのね」
「……あの未来が?」
「ずっと君の事を目で追ってるもの。あたしには話しかける機会をうかがっているようにしか見えなかったわ」
「でも、もう関わるなって言ってるんだぞ」
「だからよ。前の彼女なら何も考えずに話しかけて、また君に嫌がられてたと思わない?」
「それは確かに」
最近の未来は、なんだか少し空気が読めるようになったというか。
気遣いが目立つ。
いや、見当外れな気遣いも多いのだが、俺の事を考えてくれているのは感じる。
昔とは大違いだ。
正直、今の未来はフラれる直前の俺を見ているようだ。
あの、貢ぎまくっていた頃の俺だな。
「なんで俺、こんなに好かれてるんだ。やっぱりそんなにいい男なのか?」
「気持ち悪い台詞ね。でも、別におかしくはないでしょ。毎日頑張ってるし、身長高いし、お金あるし」
「……最後のはなんか嫌だな」
「あ、別にあたしは君のお金目当てじゃないわよ? ほ、本当だから! 何よその目、実際いつも色んな子に奢ってるじゃない」
「俺が奢るのは奢りたい奴にだけだ。嫌いな奴とは金を出されても一緒に飯なんて行きたくない」
「そう、そういうとこよ。だから別にみんなお金目当てで君に近づいてるわけじゃない。でも何かあるときに出してくれるから、こっちもお返ししたくなるの」
「へぇ」
「……まぁいいわ。今日はそういう事だからあたしがご飯出してあげる。たまには一緒に食べない?」
「あきらとすずに文句言われても知らないぞ」
「別にあたしには関係ないし。実際今の柊喜クンはどっちの彼氏でもないじゃない。あたしは君とご飯が食べたいから行くの」
よく照れもせずに真顔で言えるな。
それにしても、前からそうだが姫希の考えていることはイマイチわからない。
一応仲の良い友達くらいには思われているんだろう。
そう思うと嬉しいな。
「あ~、ご飯の話してたらお腹空いてきた。君何か持ってない?」
「さっきコンビニで買ったグミがある」
「それもらう」
もはやただのカツアゲである。
やっぱりこいつ、俺の事金づるとしか思ってないんじゃないのか?
「ってかお前も一緒にコンビニ行っただろ」
「さっき買ったおにぎりなんて、公園に行くまでのバスで全部食べちゃったわ」
「……この大食い女」
「その呼び方やめて」
スニーカーを蹴られながら、俺は横の女子にジト目を向けた。
◇
【あとがき】
あけましておめでとうございます。瓜嶋です。
ついに年が変わってしまいましたね。時が流れるのは早いものです。
Twitterで#年間100万字執筆チャレンジという挑戦をしていた事もあり、余計に早く感じました(無事12/31に達成しました)。
皆様どうか、今年もよろしくお願いします。
物語もとうとうクライマックスに達しつつあります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
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