第189話 春に向けて
その日の放課後、俺は久々に体育館に顔を出した。
五日以上会っていなかったため、物凄く期間が空いた気がする。
若干緊張するな。
あるあるだと思うが、欠席が続くと顔を出しづらくなるのだ。
「あ、柊喜君だ。元気?」
「はい。こんにちは」
「ふふ、元気そうで安心したよ。本当は僕もお見舞いに行きたかったからさ」
「ゼリーとか全部食べました。それだけで超嬉しかったです」
「そうそう、後から聞いたんだけどあきらとすずはお粥作ってあげてたんでしょ? 僕も何か作ってあげたかったなぁ」
「はは、なんすかそれ」
「だってよく言うじゃん。胃袋を掴めって」
「確かに」
それで言うと俺はあきらに完全に掴まれているな。
すずの料理も何度か食べたし、どれもめちゃくちゃ美味かったのだが、やはり食べさせてもらってきた年数が違う。
「今度何か作りに行ってあげよっか?」
「すずとあきらが黙ってるとは思いませんが」
「あはは。モテる男子は大変だね」
「凛子先輩にはかないませんよ」
「そう?」
丁度まだ凛子先輩しか来ていないため、二人でそんな話をしながら凍えるコートに立っている。
「俺、高校入るまで全然告白とかされたことなかったし」
「そりゃ横にあんな可愛い幼馴染がいればねぇ」
「そういう問題ですかね」
「あはは、わかんない。僕は昔の柊喜君知らないし」
「それもそうです」
「ってか、あきらが可愛いの否定しないのなんか妬けるな」
「……」
無意識だった。
でも実際、あきらは可愛い。
愛嬌もあるし、気も利くし、勿論容姿も良い。
しかし、それを言うならこの人だって変わらない。
目の前の凛子先輩を改めて見つめた。
スタイルの良さで言えば間違いなく俺が今まで見てきた人の中で一番だし、顔だって美人系で見入ってしまう何かがある。
あきらや凛子先輩に限らず、うちの部の女子は全員可愛い。
好みはあるだろうが、全員が全員何かに特化している。
あまり他人の容姿を比べるのは好きじゃないからアレだが、俺はみんな同じく最高に可愛いと思っている。
って何を考えているんだろうか俺は。
自分の容姿を思い出して変な笑いが漏れた。
自重しよう。
「凛子先輩だって綺麗ですよ」
「何その変な笑い浮かべながらの言葉。お世辞ならいらないのに」
「これは自分の顔に対しての笑いです」
「カッコいいよ」
「それこそお世辞でしょ」
顔の話は一生終わらない。
そもそも人それぞれ好みも違うし、不毛なのだ。
俺は凛子先輩を綺麗だと思っていて、凛子先輩も俺をカッコいいと思っている。
それでいい。
「っていうか他の奴ら遅いな」
「唯葉は先生に英語を聞きに行ってるから遅れるかも。これから受験期だし、僕らはちょこちょこそういう遅刻増えるかも」
「わかりました。姫希は恐らく部室ですけど、あきらとすずは不明ですね」
「みんな部室で遊んでるんじゃない? よくあの三人じゃれ合ってるし」
前もそんな事があった気がする。
すずが二人の制服を無理やり重ね着していた事件だ。
仲が良いのは良いことだし、寒いのはわかるが、さっさと用意を済ませて欲しい。
「一緒に呼びに行く? 運良く着替え覗けるかも」
「行きません」
凛子先輩は相変わらずである。
困った人だ。
◇
全員がコートに入って、俺はすぐに集合させた。
久々に朝野先輩にホワイトボードも持ってきてもらう。
「試合の映像は見ました。みんなお疲れ様。物凄く、いい試合だった」
俺の言葉に全員照れ笑いを浮かべる。
自分達でも余程手ごたえがあったのだろう。
「まずあきら、初戦の30点超えは本当に凄かった。シュートの回転も綺麗で調子よかったな。あの日の成功の感覚を忘れないように」
「はいっ」
「そして姫希。二戦目のボール運び上手だったぞ。一人でドリブルでよく捌き切った」
「君がずっと教えてくれたおかげよ。ありがとう」
満面の笑みで返事するあきらと、珍しくにっこりと感謝を言う姫希。
そのまま俺はすずを向く。
「準々決勝、負けはしたがすずのゴール下は良い線いってたぞ。得意のリバウンド争いはお前の方が上手かった」
「ん。しゅうきと練習して負けるわけない」
初詣の日にお願いされた通り、一緒に練習するようになっていたからな。
すずとの練習は俺もかなり神経をすり減らしたが、その話は割愛しよう。
「唯葉ちゃん、タイムアウト時の冷静な作戦報告ナイスでした。正直ちょっと嫉妬するくらいには良かったです」
「あはは、千沙山くんのコーチングにはかないませんよ。わたしがやっていたのは千沙山くんの猿真似です。ずっと怪我はしないようにって言ってました」
「凛子先輩は一戦目で結構活躍してましたね。あきらの点数に目が行きがちですが、それは凛子先輩が走って相手の注意を引いてくれていたおかげです。めちゃくちゃ良い動きでした」
「ありがと」
全員に良かった点を伝えた後、俺は最後に朝野先輩を向いた。
「朝野先輩は試合データの記録を本当にありがとうございました。おかげで試合を見る時に色々考えられました」
「役に立ったなら嬉しいよ」
「はい」
選手だけじゃない。
今ここにはいないが、引率してくれた彩華さんにもお礼を言いたいくらいだ。
あの人、お金ももらってないのに毎回運転してくれてるし、一度何か大きな礼をした方が良いと思う。
本当に頭が上がらない。
みんなに支えられながら、俺達はバスケをやっている。
「でもみんなが頑張れたのはこのリストバンドのおかげかな。二試合目とか結構競ってたし、なんなら途中負けてたけど、みんなでこのバンドを見て団結できたんだ。それに、柊喜が辛いのに頑張って応援してくれてる時に、私達は負けられないって思って」
「そうね。二回戦で負けたら前回と結果が変わらない。進歩がないのは、君に失礼だから何があっても勝ちたかったのよ」
「というわけで二回戦勝てた時はみんなで抱き合って喜びましたね」
クリスマスにあげたリストバンドが、そんな重役を担っていたとは。
嬉しくてつい口元が緩む。
っといかんいかん。
今から俺は重大な事を言わなければならないのだ。
「こほん。えーっと、次の大会だが。次は春休みに行われる春季大会だ。あと二ヶ月以上ある」
「そうだね」
「そこは本気で優勝しに行こう。今回のみんなを見て、絶対いけると思ったんだ」
俺の言葉にみんな顔を見合わせる。
まぁ実際、今回の結果はベスト8止まりだからな。
ピンと来なくてもおかしくはない。
だけど実情は少し異なる。
高校バスケなんて、レベルはバラバラだ。
上位校と初戦負けクラスだと、天と地ほどの差がある。
そして俺達は、既に上位層に食い込んでいる。
ベスト8ってのはそういう事だ。
「ん。すずもそう思う」
「あぁ」
「でも柊喜君、僕らはまだ足りないことも多いよ。そもそもあきらと唯葉以外まともに点も取れないし」
「その通りですね。だから、俺が今から言うのはその対策です」
今まで俺はずっと基礎的な練習を繰り返しさせてきた。
姫希のドリブルや凛子先輩のレイアップがそれにあたる。
だが、やはり流石にそれだけでは勝てない。
見たからわかっているが、準々決勝で負けたのはうちの得点力不足が原因だ。
だから、そこを補強する。
「これからはスキルトレーニングを増やす。だから、そのためには一人ずつ教えていくしかないんだ。みんな、俺と一緒に頑張ってくれるか?」
きっと楽な道ではない。
正直みんなより、俺の方がしんどい。
恐らく毎日誰かの練習に付き合うことになって、休む暇なんて無くなるだろうから。
それに気付いたらしいあきらが不安そうに俺を見る。
しかし、彼女が口を開く前に隣にいた奴が話す。
「当たり前よ。ここまで来たんだもの。優勝させてよ」
「あぁ。任せろ」
「信じてるから」
元々一番俺を信用してなくて、尚且つバスケへの自信がなかった奴に言われると嬉しいものだな。
姫希はそのままドリブルをついてレイアップを打つ。
そのボールはしっかりネットを揺らした。
いつぞやのリングに跳ね返って自身の後頭部を撃ち抜いていた時とは大違いだ。
本当に、上手くなったな。
「まぁ、楽しんでいこう」
「そうですね! やりますよ!」
こうして、春に向けた特訓が始まった。
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