第183話 素直さに当てられて
お参りを終えて俺達はそのままぶらぶら歩く。
ちなみに振袖のままは恥ずかしかったらしく、すずは私服に着替えている。
丁度昼時だし、このまま飯でも行こうかと話していたところだ。
しかし、すずと二人で遊びに行くのは初めてかもしれない。
他の人とはちょくちょく二人きりの時間があったが、すずとはあまりなかった。
例えば姫希とは前からずっとマンツーマン指導をしていたし、あきらとは言わずもがなだ。
凛子先輩は家にお邪魔したこともあるし、唯葉先輩も同様である。
一度すずを泊めた事もあったが、あの日は試合で頑張ったご褒美って感じだったし、自然に二人になる機会はなかった。
こうして考えると、すずとだけ二人きりになることが極端に少なかったことが分かる。
「すずは何が食べたい?」
「しゅうきの食べたいもの」
「……」
「えへへ」
原因はこれ。
こうなるのがわかりきっていたからだ。
目を細めて笑うすずに俺は照れざるを得ない。
こいつは感情表現が直接的だ。
良く言えば素直、悪く言えば自己中。
だから、いざ二人きりでデートとなればグイグイ攻めてくることは火を見るより明らかだった。
正直に言って、俺はこいつと二人きりになるのを意図的に避けていた。
「もし俺がピーマンが食べたいって言ったらどうするつもりだ?」
「……優しいしゅうきはそんな事言わない」
「生憎だが俺は性格がかなり悪い」
「じゃあ我慢して食べる……でも泣いちゃうかも」
「泣くほど嫌いなら無理に合わせるなよ」
少し意地悪してみたら物凄い罪悪感に襲われた。
それだけ好かれているのはとても光栄なんだが、同時に恐れ多くもある。
こいつは俺を過大評価し過ぎだ。
まるで良いところしか見ていない。
「冗談だよ。パスタでも食べに行くか」
「ん。しゅうき大好き。すずもパスタの気分だった」
近くに店があったこともあって提案すると、彼女は緩い顔で頷く。
◇
「しゅうきと外食初めて。姫希はいつもこんな良い思いしてたんだ」
店内でパスタを食べていると、すずはぼーっとした顔で口を開いた。
「別に毎回一緒じゃない。そもそもその……すずとかあきらに好きって言われてからは避けるようにしてるし」
「姫希はそういうのじゃないから気にしなくていいのに」
「それはそうだけど、あいつも遠慮してる節あるからな。俺と誤解されるのは嫌だろうし」
「ふぅん?」
曖昧な相槌を打ちながら、すずは目の前でパスタを口に含む。
もぐもぐ口を動かす仕草が、なんだか子供っぽくて可愛い。
「ん?」
「口の端にソースついてるぞ」
「ん、拭いて」
「じ、自分で拭けよ」
顔を近づけてきたので紙ナプキンを突きつける。
高校二年生になろうかという奴の行動には思えない。
そんな幼げな仕草がすずの一番の魅力かもしれないが、全てをぶつけられる俺の身としては毎度大変だ。
少しでも飲まれようものなら、一気に押される。
余計な事は言わないようにしよう。
「そういえばしゅうき、今度ゴール下のプレー教えて欲しい」
「そうだな。もうそろそろ基礎体力だけじゃなくて、スキルトレーニングも必要だ」
前回の新人戦ではベスト16。
優勝まではあと三回勝たなきゃいけないのだ。
それも、走ってレイアップを決めるだけでは到底太刀打ちできない相手に。
年末の練習試合の時に感じたが、俺達の実力もそこそこのところまで来ている。
上もそう遠くはないと、俺は感じる。
少なくとも初めてこいつらの練習を見たあの日よりは。
「うちの県は上の方のチームもあんまり背が高いセンターがいないからな。すずがやる気になってくれれば勝ちも現実的になる」
「それに、しゅうきは身長が高いからセンタープレーが得意でしょ? 前にキモい先輩をボコボコにしてたし」
「……そんな事もあったな」
宮永先輩との一対一か。
あの時は凛子先輩の件でかなり面倒だったな。
今となっては笑い話だが、俺も結構イライラしていたため、本気で勝ちに行った。
例の土下座キノコ先輩も最近は何をしているのだろう。
「真面目にやるからお願い。すずもみんなみたいにコーチングしてもらいたい」
「……」
「ずっと悩んでた。なんで姫希は一緒に練習してもらえるのにすずはダメなの?って。凛子ちゃんもレイアップの練習してるのに、あきらも結構な頻度でシュートの練習付き合ってもらってるのにって。最近は唯葉ちゃんとも練習始めたみたいだし。すず、悲しい」
「それは、本当にごめん」
すずからだって、練習中に何か聞かれれば答えてきた。
だけど、過度な接触はしなかった。
それは俺の問題だ。
ただ、俺が異性としてすずを意識し過ぎてしまうから、私情で避けていただけだ。
だけど、今のすずの目を見て俺は考えを改める。
「正直、練習って言ってしゅうきにくっつきたかっただけの日もある。そう言ったらしゅうきは断れないと思ってたから。ごめんなさい」
「あぁ」
「でも、今は違う。ほんとに勝ちたいから、お願い」
「わかった」
やっぱり下心はあったらしい。
ただ、残り時間もあるし、彼女なりに覚悟を決めたのだろう。
こうなれば、俺はコーチとして正面から受け止めるだけだ。
「厳しくするからな。さっきも言ったが、俺は性格が悪いからフォローも下手だ。姫希だって最初はよく涙目になっていた」
「大丈夫。しゅうきの厳しさは愛情の裏返し。頑張れる」
「随分都合のいい解釈だな」
「だってそうだもん。しゅうきは確かに素直じゃないし、怒るときは怒るけど、意味もなく人を傷つける人じゃない」
「意味もなく人を傷つける奴なんていないだろ」
ため息を吐きながら、苦笑する。
そりゃ女子バスケ部のみんなを傷つけようとは思わないさ。
俺に優しくしてくれる人には優しくしようと頑張るのが普通だろ。
パスタの最後の一口を食べてから、俺は口を拭う。
「また、来たいな」
「え?」
「あ」
「……うん。来たい。絶対!」
あぁ、だからすずと二人のデートは嫌なんだ。
素直さに当てられて、俺も思ったことをそのまま言ってしまう。
最悪だ。
気を付けていたのに。
別にすずの事が嫌いだから避けていたんじゃない。
意味合いは若干違うが、俺も好きだから、あえて避けていたんだ。
完敗である。
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