第182話 理想の人

 ※すずの視点です。


 ◇


 すずは、昔から男の子が嫌いだった。

 苦手というより、本当にただの嫌悪。

 理由はいくつかある。


 まず、小学校の頃の話だ。

 幼少期から身長が高かったすずは、事あるごとに男子に『デカい』と揶揄われ続けた。

 うんざりするくらいちょっかいをかけられてきた。

 すずも性格的に黙ってはいなかったから、その度にやり返して返り討ちにした。

 すると、何故か最初に嫌がらせしてきた男子は泣いて、すずだけ先生に怒られる。

 幼いながらに、その理不尽に嫌気がさした。

 だから嫌いになった。


 すずにちょっかいをかけてくる男子は減らなかったし、むしろ増えた。

 中学生になっても色んな男子から嫌がらせを受ける日々。

 次第にすずは他人と話すのをやめた。

 自衛として至極普通の結論だ。


 あと、その時くらいから増えだした男子の露骨な会話が嫌いだった。

 誰々のおっぱいが大きい、誰々がエロい、誰々のブラが透けている。

 耳に入ってくる全ての言葉が気持ち悪かった。

 すずは女の子扱いされてなかったし、そんな目で見られてはなかったと思うけど、それでもなんか嫌だった。


 そしてまぁ、弟の事もある。

 あの馬鹿で鬱陶しい弟を見ていると、男という存在が本当に無理になった。


 すずにとって男の子は、いつもしょうもない話で盛り上がっている馬鹿集団というイメージに他ならなかった。


 その考えが変わったのは、中学三年の時だ。

 同じ中学に入り、バスケ部に所属した弟をきっかけに、すずの中の男のイメージが変わった。

 家で真剣な顔で筋トレしている姿を見て、ちょっと悪くないなと思った。


 クラスでたまに女子が話しているカッコいい男子の話を聞いて、すずも考えてみる。

 自分に彼氏か……。


 その時に思い浮かべた像は非現実的だったのを覚えている。


 ・身長はすずより十センチ以上

 ・下ネタを言わない

 ・うるさくない

 ・可愛いって言ってくれる

 ・運動が得意

 ・調子に乗らない


 ざっとこんな感じだったっけ。

 まるでそこら辺にはいないだろう理想像。

 勿論すずの好みの男子は中学にはいなかった。

 そもそも身長が百八十センチ以上の男子がいない。


 だからこそ、すずは高校という新天地にそれを求めた。

 流石に高校生ならカッコいい男の子がいるだろうと、そう思って。


 でも、いなかった。

 高校の男子バスケ部を品定めしたくて女子バスケ部に入ったはいいけど、男子はみんな身長も大して高くないし、お世辞にも理想的とは言えない人ばかり。

 最悪だった。

 だからすずは三年生の引退試合が終わって、部活に行くのをやめた。

 もういいやと思っていた。


 そんな時だった。

 彼を見つけたのは。


『あれだよ千沙山君』

『でか』

『百九十センチくらいあるんだって』

『……なるほど』


 すずにとってそれは運命の出会いだった。

 彼しかいないと思った。

 元々行動力はあった方だし、すずは彼――千沙山柊喜君の事が知りたくて、早速部活に参加した。


 それからはあっという間だった。

 話せば話すほど、見れば見るほど好きになって、完全にしゅうきに惚れた。

 初めて人を好きになった。

 そして、しゅうきに恋してる自分も、結構好きだった。


 しゅうきは今まで会ってきたどんな男子とも違う。

 身長が高いし、落ち着いてるし、頼れるし、何より優しかった。

 初めて会った時に下を履いてないのを見られたけど、その時も彼は何もしてこなかった。

 その真摯さに、好感を覚えた。


「マジ寒いな、今日」

「もっとくっついて歩きたい」

「……恥ずかしいだろ」

「すずは恥ずかしくない。くっつきたい」

「俺が恥ずかしいんだよ」


 神社の中を歩きながら苦笑を漏らすしゅうきの顔が好きだ。

 見てると胸がポカポカする。

 あと、落ち着くにおいがする。

 彼が隣にいるといつも安心する。


 二人で賽銭箱に五円玉を放り投げ、お願いをした。

 すずは長い時間目をぎゅっと瞑ってお願いをする。


 しゅうきと、結婚できますように……!


 こんなデートがいつまでもできるなら、すずはそれ以上何も望まない。

 お金も友達もいらない。

 あきら達は大事な友達だけど、すずはしゅうきの方が大好き。

 しゅうきからの愛情があれば、それだけで幸せ過ぎる。


「長いお願いだったな」

「しゅうきと結婚したいってお願いしてた」

「なんだそれ……。そもそも俺、料理下手だぞ」

「すずが作ってあげるから大丈夫」


 毎日おはようのキスをして、朝ご飯を作ってあげて、行ってらっしゃいのキスをして。

 しゅうきが仕事に言ってる間に子供の世話をして。

 でも、そのためには子供ができるような事もしてるってわけで。

 え、すずとしゅうきが?


 隣にいるしゅうきの顔をふと見る。

 彼は首を傾げながら視線を返してきた。

 無性に恥ずかしくなってくる。


「……えっち」

「今の会話で何故そうなる」

「むぅ。そう言えば、しゅうきは何をお願いしたの?」

「勿論次の大会で優勝だ」

「なるほど」


 次の大会は来週末だったっけ。

 意外と近い。


「そんなの神頼みしなくても余裕」

「凄い自信だな。前回ベスト16だぞ」

「任せて。しゅうきのためなら全国大会だって優勝できる」

「はは、本当に頼んだぞ。期待してるからな」

「ん」


 しゅうきから期待されるって嬉しい。

 その言葉だけで、本当に嘘偽りなくすずはどこまでだって頑張れるから。


 この人を好きになって、本当に良かった。

 すずは満面の笑み浮かべる。


「しゅうき、大好き」

「……ありがとう」

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