【閑話】第180話 もう一人の先輩

 ※凛子ちゃんの視点です。


 ◇


 嫌な女だなぁ、僕って。


 眩しい笑顔で練習しているあきらとすずを見ていると、薄暗い感情が湧いてくる。

 あの二人、毎日楽しそうだ。

 お互いにライバルとして意識し合ってる。

 だけど険悪な関係ってわけでもなく、仲も良い。

 好きな物を共有してより親密になっているとでも言うんだろうか。

 そんな感じだ。


 もう一人、同じ好きなモノを共有してる人がいるって知ったら、あの二人はどんな反応を示すだろう。

 笑って受け入れてくれるだろうか。

 じゃあ凛子ちゃんもライバルだねっとか言ってくれるんだろうか。

 ふふ、だからなんだろうね。

 今更遅いよ。


「凛子先輩? 何ぼーっとしてるんすか」

「……ちょっと眠くてさ」

「今昼ですけど」

「昨日は寝れなかったんだ。柊喜君のこと考えて悶々とした夜を過ごしてたから」

「はいはい。今日もレイアップの練習しますよ」


 僕の言葉を柊喜君は苦笑しながら流す。

 もはや変な事を言うのが当たり前の人間だと思われてそうだ。

 あながち間違いじゃないけど。


 そんな事を考えつつ、練習は真面目に取り組む。

 柊喜君はバスケに真摯だ。

 僕もテキトーな練習はしたくない。


「見違えるほど上手くなりましたね。レイアップの確率はだいぶ上がってて感動しますよ」

「レイアップの確率”は”ねぇ……」

「はは、他も結構上手くなってますから」

「柊喜君のおかげだね」

「努力したのは先輩ですよ。凄いです」

「……そっか」


 真っ直ぐに僕の目を見て言う柊喜君が眩しい。

 こっち見ないで欲しいな。

 キスしたくなってしまう。


「そうやってすぐ口説くんだもんね~」

「なんてこと言うんすか」

「あはは、冗談だよ」


 こうして、冗談にでも逃げないと平静を装えない。

 柊喜君は首を傾げながら、困ったように苦笑していた。



 ◇



 その日の昼、僕はスーパーに来ていた。

 食材が減っていたからその補充だ。

 一人暮らしは全部自分で用意しなきゃいけないのが大変。


 買い物かごを持って店内を歩きながら、僕は考え事をする。

 考えるのは柊喜君のことだ。

 というか、ただの自己嫌悪。


 柊喜君に告白してしまってからもう二カ月か。

 ずっと本人以外には黙っているけど、誰にもバレてはないみたいだ。

 だから実質柊喜君と僕だけの秘密。

 この秘密の共有が、初めのうちは少しドキドキして楽しかった。


 だけど、徐々に自分の汚い部分が分かってきて嫌になってきた。


 例えば遠征合宿をした時の事。

 あきらが自分の気持ちを打ち明けて、すずと同じ条件で柊喜君の取り合いをしているのに、僕はずっと隠したままで、正々堂々戦おうとしなかった。

 これは部活をかき回したくないから、だけじゃない。

 単純に自分の有利を捨てたくなかったからだ。


 みんなに気持ちを知られていない方が動きやすい。

 少し柊喜君に際どい事を言ったりしたりしても、僕の場合はそういうキャラだからという説明で済ませられる。

 だから、言いたくない。

 僕は、本当に卑怯なんだ。


 それにこの前の件だ。


 僕の不注意で柊喜君が未来ちゃんとデートすることになった時、僕は何も言えなかった。

 本来僕の気持ちを打ち明けてでも、彼を守るべきだった。

 それなのに、我が身可愛さに負けて黙ってしまった。

 本当に最低だ。


 なのに、そんな僕に柊喜君は何も言わなかった。

 彼女とのデートは心底嫌だっただろうに、僕を庇ってくれた。

 そのことが酷く罪悪感を煽る。

 全部僕が悪い。


 あと、多分未来ちゃんが僕の気持ちを言いふらしていたとしても、言い逃れられたとも思う。

 いつもの冗談だったんだよって一言言えば、みんな納得するはずだ。

 だから大丈夫……なんて、そんな風に逃げ道すら考えていた。


 クズ過ぎて笑えてくる。

 柊喜君に好かれる資格なんてないよ、僕は。

 そもそも彼を好きでいる資格すらない気がする。


「あは」


 ヤバい、不審者だ。

 店の中なのに変な笑い声が漏れた。


 と、そんな時にふと影が僕に落ちてくる。


「あれ」

「……どうも」


 隣にいたのは柊喜君その人だった。


「え、なんで?」

「最近自炊始めたんで、買い物です」

「あぁ、そう言えばそうだったね」

「凛子先輩は?」

「僕も同じだよ」


 会ったのに別行動するのもおかしいため、僕らは並んで買い物をする。

 柊喜君は僕の方をじっと見ていた。


「どうかしたかな?」

「私服、ジーンズ珍しいですね」

「柊喜君と会う日は大体ロングスカート履いてるからね」

「こだわりだったんですか?」

「勿論。そっちの方が可愛く見えるかなって」

「……別にジーンズでもいいと思いますよ。最初見つけた時、足長すぎて誰かわかんなかったし」

「え」


 足長いって、僕が?

 自分の下半身を見下ろして柊喜君に視線を戻す。

 彼は苦笑していた。


「まぁ凛子先輩のスタイルが良いのは前から知ってましたけど」

「でも足は柊喜君の方が長いんだよね~」

「身長差がありますから」

「ってか、じゃあなんで僕ってわかったの?」

「雰囲気と……あと一人で笑ってるの見て、この変な人は凛子先輩だろうなって確信しました」

「おーい。悪口かな?」

「ははっ、冗談ですよ」


 この人は僕の事を何だと思ってるんだろう。

 そして、結構な悪口を言われたはずなのにどこか喜んでいる自分が嫌だ。


「なんか嫌な事ありました?」

「なんで?」

「落ち込んでそうな顔に見えるので」

「……なんでわかるの」

「俺はコーチだから、部員の顔は見慣れてるんです。大体気付きますよ」


 自慢気に言う彼の顔は、やっぱり眩しくて直視できない。

 好きだ。

 大好きだ。

 今すぐハグして体温を感じたい。

 胸に顔をうずめて匂いを嗅ぎたい。

 だけど、僕にそんな資格なんて、ない。


「凛子先輩」

「……?」

「この前の件なら気にしないでください。あんまり卑下もしなくて大丈夫です」

「えっと」

「あんまり大きな声で話して誰かに聞かれるとアレなんですけど、前の未来との問題を気にしてるのかと思って」


 バレていた。

 柊喜君は、僕が何にどう悩んでいるか、気付いてくれていた。


「ごめん」

「大丈夫です。それより、笑っててくださいよ。前にも言いましたけど、そういう顔はキャラじゃないです」

「キャラって……」

「もっとテキトーに冗談言っててください。俺、なんだかんだ凛子先輩の冗談好きなので」

「……もう、わかんないや」


 どうしていいのかわからない。

 こんなクズな僕でも、好きでいていいのかな。

 それで迷惑じゃないのかな。


 チラッと柊喜君の顔を見る。

 その顔は意外にも真っ赤だった。


 そっか、照れながら慰めてくれてたんだ。

 じゃあ僕も応えなきゃね。

 先輩なんだし。


「顔真っ赤じゃん。可愛い」

「勘弁してくださいよ」

「ね、柊喜君。キスしたい」

「ふざけた事言ってないで食材買いますよ。……ってか正直俺、自炊歴浅過ぎて何買えば良いのかわからないんですよね」

「何しに来たのさ」

「ははは」

「僕が色々教えてあげるよ。手取り足取り」


 これで良いんだよね?

 確認するように首を傾げると、彼は笑ってくれた。

 もういいや。

 考えるだけ馬鹿らしい。


 僕は僕の方法で、この最高にカッコいい男の子を奪うだけだ。


「今の僕ら、まるでカップルだね」

「……ちょっと離れてください」

「嫌で~す」

「はぁ……」

「本当に、ありがとね」


 この人に好きになってもらえるようになるには、どうしたらいいかな。

 ただの勘だけど、もう残り時間は長くない気がする。

 やけに大人びて見えた柊喜君の横顔に、僕はそんな事を感じた。




 ◇


【あとがき】


 お世話になっております。瓜嶋です。

 今回で第4章は完結となるのですが、重大なお話が二つあります。


 一つ目は、お願いです。

 本作のヒロイン達の人気度を把握したいので、読者のみなさんの推しヒロインを応援コメント欄やTwitter等で教えていただければと思います。

 二個目のお話に繋がりますが、できるだけ多くの意見が知りたいのでご協力お願いします。


 二つ目ですが。

 次の第5章をもって本作の幕を閉じようと思っています。

 7月から約半年毎日連載をしてきましたが、ついに完結です。

 最後まで毎日更新するつもりなので、お付き合いいただければ幸いです。


 以上がお願いとお知らせでした(╹◡╹)

 これからもよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る