第171話 報告義務

 未来とのデートの翌日は月曜。

 普通に新たな週が始まる。


 正直なところ、この日は学校に行きたくなかった。

 というのも未来と顔を合わせるのがしんどく感じたからだ。

 今更どの面を下げてすれ違えば良いのかもわからない。


 だがしかし、冷静になる。

 どの面も何も、俺の顔はこれしかない。

 それに気まずいのは俺よりも未来の方だ。

 逃げるのもダサいし、堂々と学校に行こうと思い至った。


 というか、そんなことより部活がヤバいしな。

 もうそろそろ本気で練習に取り組まなくては、また二回戦敗退なんてこともあり得る。

 次こそ優勝だ。



 ◇



「おはよう」


 俺よりも先に登校していた姫希に声をかけられ、俺も挨拶を返す。

 昨日は練習をオフにしたため、一日ぶりである。


「で、どうだったのよ」

「何の話だ?」

「あれだけ巻き込んでおいて内緒とか許さないわ」

「冗談だ」


 デートの事を聞かれているのはわかっていたが、一応別の要件かもと思って聞いてみた。

 しかしジト目を向けられたので俺も真面目に返す。

 まだ人もまばらだし、話しても大丈夫だろう。


「……かくかくしかじかで」

「え、謝ったの? あいつが?」

「あぁ」


 何度も盗み聞きされて窮地に陥った俺だ。

 詳細はかなりぼかしつつ、無関係の人間が聞いても理解できないように話した。

 しかし姫希は頭が良くて察しも良いので、難なく通じた。

 彼女は驚いたような顔を見せる。


「頭でもぶつけたのかしら」

「どうだろうな。俺もその日は最後まで一緒に居たわけじゃないし」

「まぁでもよかったわね」

「そうだな」


 わだかまりが消えることはないが、自分の中で一区切りがついた。

 今までの彼女の言動を考えれば、これ以上ない事だ。

 まぁ、今後また暴走しないとも限らないが。

 以前も一時期は落ち着いていたからな。

 要観察って感じである。


 と、そんな話をしていると未来が登校してきた。

 一瞬目が合うが、すぐに向こうから逸らされた。

 そして彼女は席に着くと、即行でバッグから本を取り出す。

 それを黙々と読み始めた。


「なんなのあれ」

「さぁ」

「……やっぱ頭ぶつけたんじゃない?」

「そうかもしれない」


 今まで友達と駄弁っている所か、スマホを見ている所しか見たことがなかった未来が急に読書を始め、俺と姫希は困惑した。

 そして二人で顔を見合わせて苦笑する。

 まぁ、あいつの中で何かが変わったのだろう。



 ◇



 さて、俺が報告しなければならないのは姫希だけではない。

 心配をかけた部員全員に報告義務があるだろう。

 そう思って練習開始前に俺は全部話した。

 あいつとのデート中の会話もかなり話したため、少しだけ未来に申し訳ない気もしたが、今までやってきたことを考えると当然だとも思う。

 あいつに信用はないし、こうして全てを部員に伝えるのも大事だ。


「そっか」


 あきらは一言頷いた。

 思う所は色々あるのだろうが、飲み込んだのだろう。


「あの人、しゅうきの事好きなんだ」

「らしいな」

「じゃあライバルだ」


 すずはグッと気合を入れる仕草を見せる。

 もっと嫌悪を露わにすると思ったのだが、予想外だ。


 そして、すずとあきらが各々の反応を見せる中、唯葉先輩はニコニコしながらボールを抱きかかえていた。


「なんで笑ってるんですか?」

「あ、いえ。別に大した意味はありませんよ。あの子も成長してるんだなって思っただけです」

「確かに」


 ちょっと前じゃ謝罪なんて考えられなかったもんな。

 それも、しっかり意味を理解して謝ってくれた気がする。

 俺の気持ちを汲んでくれたのだ。

 初めてかもしれない。


「ふん、でもそれだけじゃまだダメよ。君と別れる前に他の男と付き合ってたのとか、謝ってもらってないんでしょ?」

「それはそうだな」

「元の評価が最悪過ぎて錯覚しちゃってたわ。あたし忘れないから。前に校門で待ち伏せされた後の君の酷い顔」

「さっさと忘れろ。恥ずかしい」


 懐かしい話を持ってくる奴だ。

 しかし、なんだかんだ姫希は俺と未来の事を色々見てるんだよな。

 同じクラスということもあるし、そもそも唯一俺達の別れ話を聞いていた人間でもある。

 そして未来から実際に無神経な事を言われて傷つけられたこともある。

 こうして厳しい意見を持つのも当然だ。


 伝えることは大体伝えたため、練習を始めようと俺は準備を始めた。

 そんな時、すずがふと口を開く。


「そう言えば秘密ってなんだったんだろ」

「すず、あんまりそこは引っ張らないよ?」

「ん。そうだね。しゅうきが無事に戻ってきたから別にいいや」


 あきらに言われてすぐに話をやめるすず。

 一瞬心臓が止まりそうになった。


 秘密の内容は凛子先輩の俺への気持ち。

 結局隠し通す事はできたが、再びこんなことが起きないとも限らない。

 少し関わり方を考え直した方がいいな。


 俺はチラッと凛子先輩を見る。

 さっきから一言も口を開いていない。

 俺と目も合わない。

 無表情ですずの後ろ姿を眺めるだけだ。


「よし! 次の試合に向けて頑張ろっ」


 あきらの言葉で練習を開始した。

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