第170話 消化
その日、俺は帰宅してからすぐに風呂に入った。
とりあえず色々疲れていたし、全てを洗い流したかったのだ。
と言っても疲れの大半は気疲れである。
あいつとの二人きりは精神が持たない。
それにしても、未来は大丈夫だろうか。
泣きながら帰って行ったため、流石に心配である。
勿論慰める気なんてさらさらないのだが、それとこれとは別というものだ。
こうやって微妙に気にしてしまうから俺はダメなんだろうな。
だからって、どうすることもできない。
こればかりは俺の性格だ。
風呂上り、俺はソファに座ってスマホを見る。
考えるのは未来のことだ。
一言『無事に帰れたか?』くらいの連絡はした方が良いだろうか。
いやいや、だからそういう事を聞くから仲が続いてしまうんだって。
しっかりしろ千沙山柊喜。
「ふぅ……」
落ち着くために俺は深呼吸を吐く。
面倒な奴だ。
いてもいなくても精神疲労を招くとは。
と、そんな事を思っている時だった。
スマホに例の未来からメッセージが届いた。
「……なんだこれ」
普段なら一瞬で既読をつけたりなんてしないのだが、あまりの衝撃的な内容についアプリを開いて読んでしまう。
それほどまでに、そいつから送信されたメッセージにしては不可解な内容だったのだ。
「『今日はごめん。それに、今までもごめん』だと? なんだこのメッセージ。アカウント乗っ取りって奴か?」
突然の謝罪メッセージ。
恐らく今日のデート諸々の件や、今までの散々な嫌がらせについての謝罪だろうということは理解できるが、何故急に?
違和感が凄すぎて一気に頭がぐちゃぐちゃになった。
誰だこいつ。
別人が勝手に入力したと考えた方がしっくりくる。
『今話せる?』
スマホの文面を見ていると追加でもう一件メッセージが届いた。
そしてその直後に着信がある。
普段なら絶対にこいつからの通話なんて出ないが、デートの終わり際に色々あったし、このメッセージの意味も分からなかったため、つい出てしまった。
「もしもし?」
『……あ、しゅー君。出てくれないかと思ってた』
「……」
未来の声はいつもと少し違った。
若干鼻声と言うかなんと言うか。
もしかするとずっと泣いていたのかもしれない。
「ごめんって、何の事だ?」
とりあえずそう聞くと、ややあって返事がきた。
『今日は脅してデートしてごめんなさい。もう二度としない』
「お、おう」
『あと、今まで色んな事してごめん。全部後悔してるし、反省してる』
聞いていて少し頭が重くなってきた。
ぼーっとする。
まるで夢の中にいるようだ。
『ごめん、いきなり電話かけて迷惑だよね。私となんてもう話したくないよね』
「……いや、別に」
『でもどうしても謝りたくて。私、これ以上しゅー君に嫌われたくないから』
人が変わったような事を言う未来に、俺の頭はイマイチ追いつかない。
ただ一つ、聞きたいことがあった。
「なんで俺に嫌われたくないんだ?」
『好きだから』
「……自分からフッたのに?」
『あの時の私、どうかしてた。しゅー君のいいところいっぱい知ってたはずなのに、自分のことしか考えてなかった。でも自分で考えたり、先輩に話聞いてもらったりして、ずっと自分がしゅー君の事好きだったことに気付いたの』
「……」
だからなんだと言いたくなった。
後で謝ればあの暴言が無くならないとでも思っているのだろうか。
姫希に放った才能ない発言もそうだし、この前のすずを巻き込んだこともあるし、今回の凛子先輩の秘密を握った脅しだってそうだ。
全部謝れば済むような事じゃない。
だけど、こんなに謝ってくれているのに、まだ根に持ってそんな事を考える自分にも嫌気がさす。
確かに今のこいつは大っ嫌いだが、過去に好きだったのも事実だ。
今までは謝ってもらってなかったから落としどころがなかったが、こうしてちゃんと謝罪されればもういいんじゃないかと思う自分もいる。
好きだからとストレートに言われて、心が揺らいでしまった。
『ごめんね。本当に、ごめん』
「あぁ」
なんと返せばいいのかわからなかったため、とりあえず相槌を打った。
『あの先輩の秘密も言わない。聞かなかったことにする』
「マジで助かる」
『助かるって何。全部私のせいじゃん』
「あんなところで話していた俺も悪い」
『あと、もうしつこく話しかけたりもしない。これ以上嫌われたくないから』
嫌われているという自覚もあったらしい。
俺は未来が何を考えているのか、全くと言って良いほど理解していなかった。
それは付き合っている時も同じだ。
「ごめんな。俺、良い彼氏でいられなかった」
『……しゅー君は悪くないよ。全部、私が悪かった。デカいから邪魔とか言ってごめん、ずっと気にしてた事言って、本当にごめん』
未来の言葉に、入学当初の事を思い出す。
部活を辞めた俺にとって、高身長はコンプレックスでしかなかった。
だから、教室でも常に誰かに迷惑をかけているという自覚があった。
最初期の俺の後ろに座っていたのは未来で、見るからに元気でずけずけ言いたい事を言う彼女に、いつ文句を言われるか冷や冷やしていたものだ。
だけど、そんな未来にビビってノートを見せていた俺に彼女は笑って言ってくれた。
『千沙山君って優しいんだね。なんか可愛いからしゅー君って呼んでいい?』
その言葉が、本当に、嬉しかったんだ。
未来との電話を切った後、俺は再び大きくため息を吐いた。
そして、恥ずかしい話だが少し泣いた。
ようやく、消化できた気がした。
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