第169話 嘘と本音
※唯葉ちゃんの視点です。
◇
その日、わたしは友達と出かけていた。
千沙山くんのデートの件で部活自体が休みになってしまったから、その暇つぶしだ。
家で勉強しても良かったけど、今日は姉も両親も家に居て集中できないから外に出たかった。
友達と別れた後、特に用もなく公園に立ち寄った。
いつも夜にバスケの練習をする公園。
と、そこでは異様な光景が広がっていた。
「あれって……」
子供たちが遊んでいる中、異様な雰囲気を放つ場所が一か所。
いつも人気なブランコにだけ誰も近寄らない。
それもそのはず、一人の女の子が占有していたからだ。
その女子には見覚えがあった。
今日千沙山くんとデートをしているはずの未来ちゃんである。
なんでこんなところにいるのかはわからないけど、そんな事はどうでもいい。
未来ちゃんは、ブランコに乗ってずっと泣いていた。
流石に話しかけないわけにもいかない。
知らない仲でもないし、見て見ぬふりはできなかった。
多分デートで何かあったんだろうし。
「未来ちゃん?」
「……あ、ちっちゃい人」
「一言目から失礼な人ですね。どうしたんですか?」
こうしてわたしは未来ちゃんに話しかけたのだった。
◇
場所を変えて喫茶店。
目の前でコーヒーを見つめる未来ちゃんは、既に涙が止まっていた。
落ち着いたみたいだ。
「お砂糖とミルクありますよ」
「大丈夫です。今、甘いの飲みたい気分じゃないので」
「……何かあったんですか?」
「……」
未来ちゃんはじっとわたしの顔を見る。
だからわたしも苦笑しつつ、視線を返した。
よく見ると可愛い顔だ。
幼げな表情が少しすずに似ている気もするけど、純粋とは違う。
何かが歪に感じた。
「今日私がしゅー君とデートしたこと知ってますか?」
「水族館に行ったんでしょう?」
「知ってるんですね」
千沙山くんはすずやあきらを心配させないよう、わざわざ連絡してくれていたからね。
恐らく凛子への配慮もあったんだろうけど、それはまぁいい。
わたしの返事に未来ちゃんは俯く。
「私がどうやってあいつとデートしたかも知ってますか?」
「詳細は知りませんが、一応」
「私、最低ですよね」
「……あはは」
なんだろう、この子ってこんな感じだったっけ。
いつも自分本位で、不都合が起きても全部他人のせい、私は悪くないって感じだった気がするんだけど。
今日はいつになくネガティブだ。
「何があったんですか?」
「やり直そうって言ってフラれました」
「そうですか」
なるほど。
それは落ち込むのも当然だ。
と、納得しかけたわたしに未来ちゃんが自嘲気に笑いながら続ける。
「意味わかんないよ。なんで私、あんな奴に固執してむきになって復縁なんてしようとしたんだろ。全然興味ないのに」
「……興味ないのにデートしたんですか?」
「……だって、あいつ見てたらイラつくんだもん。私と別れてから急に女にちやほやされ始めて調子乗ってるし」
「調子に乗ってませんよ。千沙山くんはいつも困ってます」
「なんで?」
「付き合う気がないからでしょう。彼は真面目なんです。千沙山くんの眼中にあるのはバスケだけって事ですね」
どこまでも真っ直ぐに部活のことしか考えていない。
だからこそ誰の気持ちにも応えない。
それが分かっているから凛子は自分の気持ちを公言しない。
仲が拗れるだけで進展しないことを理解しているから。
わたしの言葉に、未来ちゃんは理解できない様子で首を傾げる。
この子、変な子だ。
「他の子と仲良くしてるのを見るとイライラするのは、ただの嫉妬ですよ」
「……は?」
「未来ちゃんは千沙山くんの事が好きなんです」
いつの間にか敬語じゃなくなってるけど、別に気にしない。
尊敬されるような先輩じゃないし。
「ありえない」
「いえ、ありえます。というかそれしかありません」
「だって、あんな奴だよ?」
「いい子じゃないですか。だから付き合っていたんでしょう?」
「……そうだ」
「ほら」
この子は、見ようとしていないだけだ。
深層心理では理解している。
ただ、千沙山くんにフラれたという事を受け入れたくないだけ。
だからこそ”あんな奴”とか言って見下してしまうんだ。
プライドが高いのかもしれない。
「好きな人が他の子と仲良くしてると複雑な気持ちになるものです」
「……え」
「わたしだって女の子ですから、気持ちはわかります」
驚いたような顔を向けられ、少し悲しくなる。
一応十七歳の乙女なのに。
わたしだって好きな人がいた事もあるし、人並みに欲だってある。
幼いのは見た目だけだ。
好きで身長が伸びなかったわけでもないし。
「私、あいつのことが好きなの?」
「はい。間違いなく」
「じゃあなんで嫌わられるような事しちゃったの?」
「そういうものです。好き過ぎて仕方がないから暴走してしまうんです」
「……」
とは言いつつ、この子はちょっと行き過ぎだ。
姫希に突っかかったのもそうだし、この前すずと揉めたという話もそうだし、今回の弱みに付け込んで脅してデートしたのも全部やり過ぎ。
謝って関係が元に戻るレベルではない。
未来ちゃんも流石にわかっているのか、俯いてしまう。
「どうしたら、いいのかな。これ以上しゅー君に嫌われたくない。でも、他の人にとられたくない」
「あはは。わがままですね」
「だって! 私のだから」
「違いますよ。千沙山くんは誰のモノでもありません。誰と付き合うのも彼の勝手です」
「……」
相変わらずな性格だけど、こうして好きと明言されるとそこまで不快にならないのも事実だ。
「本でも読んでみたらどうですか?」
「本?」
「未来ちゃんは言動についてもっと考えた方が良いです。だから、恋愛小説でも読んで他人の気持ちを考える練習をしましょう」
「……あんまり読んだことなかったかも」
「国語の成績も上がりますよ」
「そう。私国語苦手」
なんの意外性もない。
わたしの提案に未来ちゃんはなるほどと頷いてくれた。
どうしよう。
空気読めてないのは承知で、ちょっと可愛いと思ってしまった。
素直なのは美点だ。
羨ましい。
「少し冷静になれた。……あ、なれました」
「それはよかったです」
思い出したかのように敬語に戻った未来ちゃんにわたしは吹き出した。
そうそう、わたしって先輩に見えないもんね。
千沙山くんと会った時、そして再会した時の事を思い出す。
どっちも失礼な事を言われたものだ。
「……名前なんて言うんですか?」
「宇都宮唯葉です。唯葉ちゃんと呼んでください」
「唯葉ちゃん、今日は話を聞いてくれてありがとうございました」
「どういたしまして。あ、でもこれに懲りたら脅したり、他の子傷つけたりはしちゃダメですよ?」
「……私がしゅー君の事好きでいても、怒らないの?」
「あはは、怒りませんよ。気持ちなんて抑えられるものじゃないんですから」
抑えられるのは余程の嘘つきくらいだろう。
こんな、自分の気持ちに偽りのない子には無理だ。
「あとしつこく千沙山くんに迫るのもやめましょう。嫌われます」
「うん」
「どんな事したら千沙山くんにまた普通に接してもらえるか、よく考えてみるといいかもしれませんね」
「しゅー君は、何してもらったら嬉しいんだろ」
「まずは……いえ、自分で考えてみましょう」
謝りましょうと言おうとしてやめた。
全部わたしが言うのも違う気がする。
そもそも何様なんだという気にもなってきた。
ついなんでも聞いてくれるから得意げに語ってしまっていたけど、歳も一個しか変わらないし、わたしに彼氏なんていたこともない。
恋愛に関してはわたしの方が後輩だ。
気まずくなったので曖昧に笑って誤魔化すと、未来ちゃんはコーヒーに口をつけて呟く。
「謝らないと」
「そうですね」
「しゅー君、わたしが伏山さんに酷い事言った時も、キモい先輩にバスケ勝負挑まれた時も謝らせてた」
「はい」
「……私、ちゃんと謝らなきゃ」
何の心配もなかった。
偉い子だ。ちゃんとわかってる。
頭が悪いわけじゃなくて、自分のことしか考えられていなかっただけだ。
まだ大丈夫。
そして、もうわたしは必要ないだろう。
「帰りましょうか。コーヒー代はわたしが出してあげます。お姉さんなので」
◇
別れ際、未来ちゃんは口を開く。
「唯葉ちゃんって見た目は全然なのに、意外とお姉ちゃんタイプなんだね」
「なんてこと言うんですか」
「あ、ごめんなさい。でも今日はお世話になりました。ありがとうございます」
「いえいえ」
急に改まって礼を言われて照れてしまった。
一番ちょろいのはわたしだ。
と、背を向けようとした時に未来ちゃんが聞いてくる。
「さっきの話なんだけど」
「はい?」
「もしかして、唯葉ちゃんもしゅー君の事好きなんですか?」
さっきの話ってどれだろう。
よくわからないからわたしは首を傾げつつ、だけど答えた。
「なんでもかんでも色恋に結び付けるのは感心しませんね」
「……違うんですか?」
「良い子だとは思ってますけど、わたしには勿体ないです。身長差も凄いですし」
「そっか。良かった」
「あはは。でも覚えておいてください。恋愛は情報戦なので嘘も大事です」
全員が本音でぶつかっているわけではない。
中にはひっそり自分の気持ちを隠している子だっているのだから。
そしてその子も、人知れず悩みを抱えているかもしれない。
素直な子が目の前でイチャイチャしているのを見せつけられるわけだから。
わたしはそんな事を考えつつ、未来ちゃんと別れた。
「さて、凛子はいつまで黙ってるつもりなんですかね」
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