第167話 一生好きになれない

 未来とのデートは向こうの要望で水族館に行くことが決まった。

 思ったより本格的な場所を提示されて狼狽えたのは言うまでもない。

 何より驚いたのはその後のことだが。


 そこそこ金がかかるが奢る気はないぞという旨の連絡をした時、彼女の方から『私が払おうか?』と気遣いの返信があった。

 過去のデートは基本俺が財布係だったため、意外な提案に目を丸くした。

 結局うちは金に困っているわけではないし、申し出を断ったが。


 一応女子バスケ部のグループで水族館に行くことを伝えると、みんなから頑張ってと応援された。

 よくわからない状況である。


 それに加えて、別の奴からも応援のメッセージを貰った。

 以前遠征で仲良くなった滝沢涼太だ。

 今は詳細は省くが、ちょっとした計画があって連絡を取り合っていて、その流れで俺が今度水族館デートをすることを伝えると、色々心構えを教えてくれた。

 彼には例の先輩マネージャー彼女と水族館デートの経験があるらしい。

 とりあえず雰囲気で浮かれないようにと念を押された。

 言われなくてもわかっている。

 そして心配もいらない。


「ってか、他に男ならいくらでもいるだろ」


 何故俺なのか。

 あいつは見た目だけは可愛いし、作ろうと思えば彼氏なんて簡単にできるはずだ。

 わざわざデカいから邪魔な俺を誘う理由が分からん。

 復縁したいとは聞いたが、その理由も知らないし。



 ◇



「しゅー君」

「待たせて悪い」

「ううん。まだ待ち合わせ時間になってないし大丈夫」

「そうか」


 デート当日。

 待ち合わせ場所の駅に着くとおめかしした未来が立っていた。

 いつもと違って若干メイクもしているし、アクセサリーもつけている。

 そこはかとなく本気さを感じた。

 えぇ……?


「ピアス開けて大丈夫なのか?」

「これ穴いらない奴だよ。ってか、うちの学校の校則じゃ怒られないでしょ」

「そうなのか」

「そんな事も知らないんだ」

「悪かったな。俺は品行方正の優等生なもんで」

「ふぅん」


 相変わらず盛り上がらない会話だ。

 数か月前のデートを思い出して早くも憂鬱になってきた。


 今の会話だって、他の女子ならもっと楽しめるはずだ。

 あきらならげらげら笑ってくれるだろうし、姫希なら『自分で品行方正とか言う? キモいわね』とか言ってくれそうだ。

 いや、罵倒はいらないが。


 と、一向に歩き始めない未来に首を傾げると、彼女は若干顔を赤くしながら聞いてくる。


「……どう?」

「は?」

「変じゃない?」

「何が?」

「髪とか服とか」

「別に、普通だろ」

「……あっそ」


 未来相手に可愛いとか似合ってるとか、そういう事を言う気にはなれなかった。

 想像するだけで吐きそうだ。

 あえて素っ気なく言うと、未来は歩き始める。


「今日の水族館、行ってみたかったんだ」

「別に目新しいもんじゃないだろ」

「うち親いないからこういう場所来たことなくってさ」

「え?」

「あ、言ってなかったっけ。うち両親が私生まれてすぐに事故で亡くなっちゃっててさ」

「……そうなんだな」

「うん。だから親と一緒に住んでないしゅー君に、ちょっと親近感があったんだ」


 初耳だった。

 そもそもあんまり家庭の話なんて他人にしない。

 俺も踏み込もうとはしなかったし。


「だから今日は楽しみ」

「……」


 一瞬同情しそうになったが、それとこれとは別である。

 そんなに楽しみたいなら正当な手段で相手を見つけろよって感じだ。

 何故元カレを脅迫して連れてこようと思うんだ。

 こいつだって思いっきり楽しめるわけないのに。


「しゅー君は水族館とかよく行ってた?」

「いや。……でも、あきらの家と一緒に行ったことはあるな」

「ほんと仲良しだね。家族じゃん」

「……そうだな」


 あれは小五くらいだったか。

 確かにあの頃はお互いを家族として認識していた。

 だけど今は違う。


「寒いな」

「……あ」

「早く中に入ろう」


 一瞬手を伸ばしてきたような気がするが、気のせいだろう。

 俺は足早に館内を目指した。



 ◇



 水族館内をテキトーにぐるぐる回った。

 色んな模様の魚や海の生き物を見ても、癒されることはない。

 隣にいる女を考えると居心地が悪すぎて、それどころじゃなかった。


 別に何を言われたわけでもない。

 嫌味も言われないし、なんなら今日の未来は結構大人しい。

 『喉乾かない?』『なんか買ってこようか?』とむしろ過剰な程気を遣われていたくらいだ。

 それがまた気味悪さを生み出していたのだが、それはさて置き。


 俺は少々誤解していたらしい。

 今日一日未来とデートして、自分の事が少しわかった。

 そして痛感した。

 俺にとってすずとあきらと凛子先輩が特別な事を再認識した。


 女の子と一緒にいると誰彼構わずドキドキするわけでも、楽しいと感じるわけでもなかったのだ。

 あいつらだから良かったんだ。


「帰るか」

「……」


 あらかた回り終えてやることが無くなったためそう言うと、未来は無言で頷く。

 と、俺の上着の裾の部分を掴んだ。


「やり直したい」

「……」


 今度は俺が黙る番だった。

 突然の未来の告白に面食らう。


「ごめん」

「……あの先輩が好きなの? それとも黒森さん? 伏山さん?」

「特定の誰かに好意があるわけじゃない。だけど、それとは別にお前と付き合いたいとは思わない」


 俺の返答に未来はじっと見つめてきた。

 どうやら話を聞いてくれそうな雰囲気だ。

 思い切って俺は言った。


「お前、こんな脅しで俺とデートして満足なのかよ。好きだって言ってもらえるのはありがたいんだが、やり方が最低だ。こんなんじゃ俺、お前の事一生好きになれない」

「……じゃあどうすればいいの」


 消え入るような声で言われ、俺は考える。

 頭に浮かんだ顔はすずとあきらだ。

 あいつらはがむしゃらに好意をぶつけてくる。

 俺としては恥ずかしいし、もうちょっと抑えて欲しいとも思っているが、まぁ嬉しい事に違いはない。

 正々堂々正面から取り合えばいいのだ。


 俺と未来の厳かな雰囲気に、周りの人は避けて歩いて行く。

 当然だ。

 どう見ても痴情の縺れだし、邪魔だよな。


「弱みに付け込むようなことはやめてくれ」

「なにそれ。……なにそれ」

「正直なんで未来が俺と付き合いたいって思ってるのかわからないけど、好きならこれ以上関係ない人間を傷つけるのはやめて欲しい」


 俺も未来と同じ人間だ。

 元恋人が急にモテだして面白くないのはわかる。

 それも相手は俺だ。

 大していい所なんてない。

 洒落たトーク術もなければ気も利かない。

 口も悪いし性格も悪いし、顔だって全くもってイケメンではない。

 精々平均より身長が高く、バスケが上手いくらいだ。

 モテる要素は揃っていない。

 そんな奴がちやほやされ始めたらイラつくだろう。


「何様なんお前」

「真面目に聞いてくれ」

「うっざ。モテだしたからって調子乗ってる? お前になんか、別に……べつに興味ないし」


 言ってることがめちゃくちゃだ。

 じゃあこれは何のデートなんだって話になる。

 しかし、そんなこと言っても無駄だ。

 今の未来は正常じゃない。

 普段からおかしい奴だが、今は絶対に普通じゃない。

 だって、涙を流しているんだもの。


 初めて見る元カノの涙に俺は少々テンパった。

 当の本人も意外だったらしく、自分の頬を拭って目をパチクリさせている。


「なにこれ」

「……」

「帰る」


 なんと言って良いのかわからなく、立ち尽くしていると未来は走って行ってしまう。

 一瞬追いかけようとしたが、追いかけてどうすると踏みとどまった。

 慰める気はない。

 最悪の終わり方だが、今俺が追いかけても事態はいい方向に向かわない気がする。


「……やらかしたな」


 錯乱した未来があきら辺りに凛子先輩の秘密を暴露しないとも限らない。

 何故帰るまで我慢しなかったんだ俺。

 急に告白されて俺も動揺していたらしい。


 周囲の視線が痛い。

 まるで彼女を泣かせた上に追いかけないクズ彼氏みたいに見られているんだろう。

 あながち間違えではないかもしれないが、やるせなさは拭えない。


 こうして、俺と未来の数ヶ月ぶりのデートは幕を下ろした。

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