第166話 心配すんな

 未来に脅迫された。

 秘密をバラされたくなかったら私とデートしろとは、色んな意味で恐ろしい脅し文句である。

 そして意味も分からない。


 この問題は一人で片付けるわけにはいかない。

 テスト前に絡まれたことも含めて、再度部員に話しておいた方が良いだろう。

 未来の条件を蹴るなら凛子先輩の秘密が漏れて、さらに俺を取り巻いた関係が拗れるのが目に見えている。

 この前の姫希の時に痛感したが、すずが気がかりだ。


 そんな事を考えながら、一緒に教室に戻る女の横顔を見る。

 ほんとえげつないなこいつ。



 ◇



 部活のアップで俺が凛子先輩のレイアップ練習を手伝うのは日課である。

 だから、その二人きりの時間を利用して俺は例の話をした。


「凛子先輩」

「……何かあった?」

「実はですね」


 他の奴らは離れているが、万が一を考えて小声で今日あったことを伝えた。

 未来に凛子先輩の気持ちがバレてしまったこと。

 そしてそれに付け込まれてデートをしろと脅されていること。

 他にも実はテスト前にひと悶着あったこと。


 全て伝えると、彼女は俯く。


「……ほんとごめん。僕のせいだ」

「俺も不用意でした」


 バレたことに関しては二人の責任と言えよう。

 俺もあの会話を楽しんでいたから。


「それにしても、前もこんなことがあったね」

「遠征の時ですね」


 あきらとハグしたり手を繋いだりした場面を他校の女子に見られ、言い振らされたのだ。

 あの時は大変だった。

 すずが塞ぎ込んでしまったり、あきらが落ち込んでしまったり。

 今思えばあきらは本当に俺の事が好きだったわけで、複雑だっただろう。


 くそ、なんで前例があったのに注意できなかったんだ俺は。

 馬鹿かよ。

 同じ事を思っていたのか、凛子先輩も悔やむ顔を見せていた。


「……詳細は隠してみんなにも話そうと思います」

「そう、だね」


 仮にデートするとなれば、嫌がるのはあきらとすずだろう。

 好きな男が他の女とデートとするなんて許したくないはずだ。


「全員集まってくれ。話がある」


 自分の不手際なのに何様なんだと己の口調に感じながら、俺はみんなを集めた。

 そして話をした。

 凛子先輩の気持ちはかなり大雑把に秘密とぼかした。

 勿論凛子先輩が関係していることも話さない。

 騙しているようで心苦しいが、先輩の意思は尊重したい。


「テスト前からあったの? 言ってよ!」

「あきら、千沙山くんは多分わたしたちの事を考えてくれたんです。テスト前に余計な心配事を増やさないように」

「でも……」

「ごめんあきら。テストが終わったらみんなにも相談するつもりだったんだ」

「うん」


 あきらは自分が知らされていなかったことにショックを受けていた。

 心配させてしまって申し訳なく思う。


 と、そこで姫希が口を開く。

 その顔は心底つまらなさそうだ。


「で、その秘密ってのは言えないのよね?」

「あぁ」

「ふん。じゃあデートするしかないじゃない」

「……」


 確かに姫希の言う通りだ。

 凛子先輩は言いたくなさそうだし、俺も言わない方が良いと感じる。

 ただ、未来と関わりたくないのも事実だ。

 当日に何を言われても別に気にしないが、あいつが約束を守る確証もない。

 弱みを握られた以上、俺はあいつの操り人形になるしかない。


「デートすればいいじゃん」

「あきら?」

「私は別にいいよ。どうせ柊喜は未来ちゃんの事、もう好きにならないでしょ? すずとデートされるのが嫌なのは、柊喜が取られるかもって心配だから」

「なるほど」

「すずも別にいい。しゅうきの秘密の方が大事」

「……」


 そうは言いつつも、決して明るい顔はしていない。

 あきらもすずも真顔だ。

 二人なりに折り合いをつけてくれているだけなのだ。


「そんな顔しないでください。千沙山くんは悪くありません」

「いや、それは……」

「そうよ。どう考えたって向こうが悪いわ。君が悪いのは、そうね……今辛気臭い顔してる事くらいかしら。心配すんなの一言くらい言ってあげなさいよ」

「心配すんな」

「あははっ。何言ってんの」


 言うとあきらが噴き出して俺の右腕を叩いた。


「もー、姫希のせいで笑っちゃったじゃん」

「あたしが悪いの!?」

「面白い事言わせるから」

「何よそれ」


 一気にいつものテンションに戻る女子バスケ部。

 相変わらず雰囲気つくりに関しては、俺の方が助けられている。

 いいチームだ。


「なんなら私がそっと見張っててあげようか?」

「大丈夫ですよ。なんかあればすぐ逃げます」

「困ったら呼んで」


 朝野先輩の言葉に俺は苦笑する。

 いつかの証拠映像撮影を思い出した。


「ってか、未来ちゃんにはがっかりだな。そんな事する子だとは思ってなかった」

「日に日におかしくなってるわよあいつ」

「すず、あの人の目苦手。怖い」

「そうだ。すず酷い事言われたんでしょ? 大丈夫だった?」

「平気。しゅうきと姫希のおかげ」

「はぁ……。どうしちゃったんだろ」


 未来は結構ドライな性格だったはずだ。

 それなのに、何故か俺にだけ異常に固執してくる。

 どれだけ好きなんだよって感じだ。

 いや、全然笑えないし、あいつが俺の事を好いているとも思えないが。

 だから行動原理が理解できず、余計に怖いのだ。

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