第163話 勉強も部活も

 ※唯葉ちゃんの視点です



 ◇ 


 千沙山くんと別れた後、わたしたちは自宅に帰った。

 今日は元々練習の予定だったから、少し申し訳ない気持ちになる。

 練習ができなかった事だけでなく、たくさん情けない姿を見せてしまったし、その点も反省だ。

 これはもう、先輩として見てもらえなくても文句は言えない。

 見た目通り小学生みたいなことをしてしまった。


 全部わたしのせいだし、今度謝らないといけない。


 お姉ちゃんと一緒にリビングに行くと、お母さんが座っていた。

 見つめているのはわたしの成績表だ。

 改めて叱責されるのは覚悟しよう。


「……数学、学年で五位だったんだ」

「え、うん」

「小テストであんな点数だったのに」

「勉強したから」


 あと、運もある。

 凛子達と一緒に捨てた問題が一問も出てこなかったり、逆に先生に質問していた問題が出題されたり。

 比較的勉強した問題ばかりで、わたしは解きやすかった。

 ちなみに凛子はもっと良かった。


「本当に、頑張ったのね」

「お母さん……?」


 わたしは耳を疑った。

 先程までの叱責とは百八十度異なる言葉、声音。

 まるで人が変わったかのようだ。


 そしてそう思ったのはお姉ちゃんも同じだったらしく、彼女も目を見開いていた。


「……順位だって、塾に行ってる時もこのくらいの時はあった」

「うん」

「頑張って、戻したのね」

「……うん」


 確かに今回の成績は過去の最高順位よりは下だった。

 だけど、塾に行っている時もたまに取っていたくらいの順位でもある。

 褒められるような成績ではないけど、一応成績を戻したとも言える順位と点数だった。


「さっきはあんなに怒ってごめん」

「わたしも、もっと成績上げられなくてごめん」

「部活、続けて良いから」

「……ほんとに?」

「……」


 聞くとお母さんはお姉ちゃんを見つめる。

 そしてそのままわたしに視線を戻した。


「でも勉強もしなさい。あなた、進学する気はあるんでしょ?」

「はい」

「じゃあ頑張りなさい。次の模試の結果は重要よ」


 次の模試は再来週の週末で、マーク式だ。

 学校の定期試験とは異なるため、また気合を入れなければならない。

 高校二年生の二学期末というと、受験までの残り時間も少なくなってきている。

 部活も勉強もサボっている暇はないんだ。


「ご飯食べるわよ」


 話は終わりだと言わんばかりに立ち上がるお母さん。

 わたしはキッチンへ向かうその後姿に頭を下げた。


「ありがとう。そしてごめんなさい」

「……部活も頑張りなさい。あの子にも言っておいて。あそこまで言って、次の大会でまたこの前みたいな負け方をしたら、その時は辞めさせるって」

「あはは。絶対ありませんよ」

「……あっそ」


 千沙山くんには安心感がある。

 特にバスケにおいては、彼について行けば間違いなんてないんだと思えるくらいだ。

 だから、そんな千沙山くんがマンツーマンでコーチングしてくれたら百人力なんだ。

 不安要素なんて全部飛んでいく。


 お母さんがキッチンでご飯の支度をしている時、お姉ちゃんが話しかけてくる。


「よかったね」

「お姉ちゃんのおかげだよ」

「そんなことないよ。千沙山君が話してくれなかったら、私もあのまま黙ってたと思う」

「そう……だね」

「あの子、足震えてた」


 お姉ちゃんも気付いていたらしい。

 千沙山くんは確かにわたしを助けようと自分のノートや成績表を持ち出してまで、お母さんに話してくれた。

 だけど、ノートを見せてくれた時、その手は震えていた。

 彼だって無理をしていたんだ。

 当然だよ。

 だって千沙山くんはコーチと言っても、後輩には変わりないんだから。


「今度千沙山くんにはお礼しないと」

「唯葉?」

「え、どうかした?」

「ううん、別に」


 そう、千沙山くんは年下なんだ。

 わたしが守ってあげないと。

 いくらコーチだから、わたしよりしっかりしていてバスケが上手だからと言っても、おんぶに抱っこではマズい。

 とりあえず次の模試で良いところを見せて、試合でもわたしがしっかり勝利に導いて、彼を安心させてあげないとね。


「お姉ちゃん、あとでテストのやり直し付き合って」

「え、面倒だから嫌」

「なんでですか!? さっきフォローするって言ってたじゃないですか!?」

「あれは方便」

「……お姉ちゃんを信用したわたしが悪かったです」

「冗談だよ~」


 相変わらずなお姉ちゃんと話しながら、わたしは自然に笑った。

 いつしかそれを聞いていたお母さんも笑っていた。


 そう言えば、いつぶりだっただろう。

 お母さんから『頑張ったのね』なんて言ってもらえたのは。

 努力をきちんと認めてもらえたのは。

 わたしは笑いながら、そんな事を考えていた。



 ◇



 後日、唯葉が模試でA判定を叩き出したのはまた別の話。

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