第164話 十二月
時が流れるのは早いものだ。
近所の幼稚園児はランドセルを背負い始め、通学路にあったコンビニはコインランドリーに変わった。
そして鼻水を垂らしながらバスケをしていた俺も、今年で高校一年生。
やる気の欠片も感じられなかった少女らが、五人団結して大会で一勝を掴み取るという出来事も、僅か三ヶ月足らずで起こる。
と、前置きはここまでにして。
十二月に入った。
急に気温も下がり、朝起きるのが憂鬱な季節だ。
クリスマスや年末など、イベントも盛りだくさんな月に突入した。
クラスでは学期末という事で、クラスマッチの企画やクリスマス会の予定で盛り上がっている。
勿論教室の隅でぼーっとしている俺達には関係ない事だが。
「クラスマッチ、バスケはしたくないな」
「同感ね」
「素人をボコボコにして愉悦に浸らなくていいのか?」
「……」
「痛っ」
隣に座る姫希に腕を殴られた。
暴力的な奴だ。
「嫌に決まってるでしょ。またどこかの誰かさんに下手くそだの言われたら嫌だもの。あと人聞きが悪い」
「流石に今の実力じゃ言われないだろ。それに、俺以上に人聞きの悪いお前に言われたくない」
姫希のバスケもそこそこなレベルまで上達してきた。
特に感動すべきはレイアップの成功確率が上がってきたことだろうか。
この前の練習なんて七割くらい決めていて、感動したものだ。
まぁ、ドフリーで三割も外していると考えたら褒められる事ではないが。
しかし、いいんだ。
前の姫希と比べれば大した進歩だ。
「で、君はなんで嫌なのよ」
「中学の時の嫌な思い出があるから」
「なにそれ」
「俺が強すぎてクラスマッチが引くほど白けた」
「手加減しなさいよ」
「……したつもりなんだけどな」
やはり性分というのはそう簡単に変わるものではないらしく、未経験者相手と言えど、つい本気になってしまうのだ。
あと、昔は周りによく見られたいという欲もあった。
『俺、バスケ上手いんだぜっ』というアピールがしたかったわけだ。
もっとも、『あいつバスケ部のくせにマジになってキモ』という反応しか得られなかったが。
思い出して嫌な気分になった。
仮にクラスマッチの競技がバスケになろうものなら欠席でもしてやろう。
と、そんな事を考えていたら喉が渇いたので立ち上がる。
そもそもあんまり姫希とクラスで話せないしな。
今も元カノの視線を若干感じていた。
◇
風に吹かれながら体を縮こまらせる。
やはり十二月は寒いものだ。
つい最近まで半袖で汗を流していたのが懐かしい。
自販機のある渡り廊下まで行くと、偶然知り合いに遭遇した。
「お、柊喜君じゃん。やほ」
「こんにちは。体育終わりっすか?」
「そうそう」
凛子先輩は体操服姿だった。
冬場だというのに、謎に上下半袖だ。
見ているだけでこっちまで寒くなってくる。
「半袖寒そうですね」
「あはは。体育してる時は暑かったんだけど、今はちょっとね。……温めてくれない?」
「……どういう意味ですか」
「ほら、ぎゅーって抱きしめてよ」
この人、マジで何を言っているんだ。
幸い人通りの少ない場所であるのと、次の授業まで時間が迫っている事もあり、辺りに人気はない。
だが、そういう問題か?
凛子先輩は相変わらず俺の顔をじっと見つめている。
揶揄っているような顔だ。
若干頬が赤らんでいるのが可愛い。
……って違う。
「授業遅れますよ」
「柊喜君こそ」
「俺は次の授業自習なんで大丈夫です」
「僕も授業は途中退室とかよくするし、何にも言われないかな。成績も取ってるから」
相変わらずテキトーな人だ。
授業中に退室なんてしたことないぞ。
「途中退室って、トイレとかですか?」
「まぁそんな感じかな」
「じゃあ裏でうんことかあだ名付けられてそうですね」
「柊喜君、女子はそんな事で盛り上がらないよ?」
「男子は盛り上がりますよ。中学の時とかそういうノリありましたし」
「あはは。じゃあ男子は裏で僕の事そう呼んでるかもね。……って僕、好きな人に何言ってるんだろ」
「……いきなりそういう事言うの反則です」
急にマジトーンで好きな人とか言わないで欲しい。
照れで全身が熱くなってきた。
こんな暖房効果は求めてないんですけど。
と、そこで一気に凛子先輩が近づいてくる。
まるでキスでもせんばかりの距離だ。
しかし、すぐにハッと我に返り、先輩は距離を置いた。
「ごめん、汗臭いよね」
「そんなことはないですよ。それに、汗の匂いなら嗅ぎ慣れてますから」
「……ちょっとその言い方嫌」
「ははっ、いつも揶揄ってくる仕返しです」
「僕は本気なんだけどね。まぁいいや、バイバイ」
「また放課後に会いましょう」
歩いていく凛子先輩の後ろ姿を眺める。
何度見てもしなやかで、スタイルがいい。
でも運動部にはそぐわない細身だ。
毎日の練習で怪我もなく頑張ってくれていると思う。
はぁ、いつも二人きりになると距離を縮めてくるんだよな。
内心喜んでいる自分にも嫌気がさす。
「あったかい飲み物買おうかな」
俺は自販機に向かって再び歩き出した。
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