第150話 女の子の顔
週明け月曜の昼休み、唯葉先輩と二人で勉強をする。
テスト前一週間に入ったため、部活は今日から休みだ。
なんとか期末試験に間に合うように頑張りたい。
ちなみに手ごたえはある。
先輩二人に教えてもらったり、自習をしたりしたおかげで、知識が身についているのが実感できている。
今が高校一年の二学期でよかった。
夏頃から疎かにしていたが、まだ基礎段階の学習のため、追いつきやすい。
それに比べて、先輩は大変そうだ。
「圧倒的に覚えなきゃいけないことが多いです!」
「英単語とか多そうですもんね」
「それに加えて世界史用語、古典単語、数学の公式、生物化学の用語……うわぁ、もうだめです!」
頭がパンクしそうな勢いの先輩に言わなければならないことがある。
それは部活の話だ。
今後、部員にはパターン的なディフェンスやオフェンスの動きを暗記してもらおうと思っている。
頭の容量的に大丈夫だろうか。
とりあえず今は言わないでおこう。
精神的に追い詰めそうだ。
と、唯葉先輩は一息ついてふと俺の筆箱を見た。
「なんか年季が入ってますね」
言われて俺も思った。
中一の頃から使っていたため、表面は破けているし、黒ずんでいるし、ボロボロである。
なんならチャックのストラップ部分なんてとうの昔に消えている。
「シャーペンもクリップ部分が折れてる」
「俺、あんまり文房具に頓着ないんですよね」
まぁ文房具に限らず、結構物は長く使うタイプなんだけどな。
これは単純に買い替えるのが面倒なだけだ。
決してモノの使い方が丁寧なわけではない。
俺の言葉を唯葉先輩は大して興味無さげに聞いている。
疲れているのか、集中力が無さそうだ。
しかし疲れているのは俺も同様である。
金曜にすずを泊めたことによる精神疲労がなかなか抜けない。
「しばらく凛子の家に泊まりましょうかね。追い込まなきゃ成績が戻りそうにありません」
「いいんじゃないですか? あの人もサボれなくなりそうだし」
「あはは。凛子は放置すると課題すら出しませんからね! ダメな子です」
「ただ、お泊りって意外に気を遣いますからね……」
「すずの件ですか」
当然、唯葉先輩もすずが俺の家に泊まっていたことを知っているため、スムーズにその話題が出てくる。
そのまま唯葉先輩は苦笑した。
「それは千沙山くんが、他に考えなきゃいけないことが多いからじゃないですか?」
「と言うと?」
「ほら、あきらが嫉妬しちゃうかも~とか」
「……」
聞いていると俺は一体何様なんだと思うが、実際その通りだ。
誰とも付き合う気がない以上、誰か一人に肩入れしたくはない。
勘違いさせたくもないし、誰かを傷つけるのも嫌だからな。
ただ、その配慮は難しい。
なんなら唯葉先輩には知り得ない事だろうが、俺が気を遣わなければならないのは、あきらとすずだけでなく、凛子先輩もいるのだから。
今回の件で凛子先輩はどう思っただろう。
あきらとすずは正面からやり合っている分、まだいいかもしれないが、自分の関与していない場所で色々起きているのは面白くないと思う。
だけど、それも含めて凛子先輩の判断だ。
俺は彼女の選択を否定はしない。
「部活内で三人から好意を寄せられる男の子は大変そうですね」
「え?」
だからこそ、唯葉先輩の言葉に俺は素っ頓狂な声を漏らした。
今この人、なんて言った?
三人? なんで?
間抜けな顔で驚いている俺に、唯葉先輩は珍しく薄い笑みを浮かべる。
「あの人、気付いてないとでも思ってるんでしょうか」
「あの人って……」
「凛子の事ですよ。告白されたんでしょう?」
「……なんで」
「見てればわかりますよ。わたし、みんなの事よく見てますから」
鳥肌が立った。
誰にもバレていないと思っていた凛子先輩の気持ちだが、唯葉先輩には知られていたのだ。
「だってあの人、明らかに他の男子を見る目と千沙山くんを見る目が違うんですもん。いつもクールなのに千沙山くんといる時だけ女の子の顔をしてます」
言われて俺が恥ずかしくなった。
思い出すのは彼女の家で告白をされ、キスをせがまれた時の事。
そしてホテルで抱き着かれた時の事。
どちらの表情もいつもと違って艶やかで、可愛かった。
「あ、気にしなくても誰にも言いません」
「……」
俺は何も言えなかった。
嘘をつくのも違うと思ったし、勝手に凛子先輩の気持ちを認めてしまうのも違うと思ったから。
「凛子は偉いんです。我慢してるんです。無理なお願いなのはわかってるし、わたしが言う事でもないんですけど、優しくしてあげてください」
「大事な部員には優しくしますよ」
「あはは、流石コーチですね! それでこそ千沙山くんです」
やけに唯葉先輩の顔が大人びて見えた。
普段とのギャップに動揺を隠せない。
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