第149話 公平な戦い
すずの作ったご飯は美味しかった。
見た目も綺麗で、いつも部屋を散らかす習性のある女の子の手料理とは思えない出来というかなんと言うか。
べた褒めすると普通にうれしそうにしていた。
というか、やっぱり他人の手作りは格別だな。
温かみを感じる。
ご飯を食べた後、ソファでくつろいでいるとすずが口を開いた。
「お風呂入りたい」
「そうか。どうぞ」
「一緒にはいr――」
「一人でどうぞ」
わかりきっていたことだ。
以前皆で合宿をした時もすずは俺と風呂に入りたがっていた。
だからこそ、この発言は想定内である。
「すずは恥ずかしくないよ?」
「俺が恥ずかしいんだよ!」
「男の子なのに変なの」
「そういう問題じゃねぇ!」
ツッコミどころが多すぎる。
まず、俺に裸を見られて恥ずかしくないと宣言できるすずに驚愕だ。
毎度のことだが羞恥心がバグっている。
そして、男なら裸を見られても平気と思っているところもおかしい。
恥ずかしいに決まってるだろ。
「あきらとはお風呂入ってない?」
「当たり前だ」
「むぅ、じゃあ仕方ない」
「……」
こいつの中のルールが良くわからない。
今日はなんだろう。
今まであきらが俺と送ってきた幼馴染ライフでも再現したいのだろうか。
「っていうかお前は俺の裸を見るのが恥ずかしくないのかよ」
「すずが、しゅうきの裸……?」
俺には経験がある。
目の前に無防備な異性の体を曝け出されるという体験。
俺の記憶にはまだあきらの体が鮮明に残っているのだ。
それほどまでに、異性の裸というのは見る側にも深く刻まれる。
俺の問いにすずは想像したらしい。
みるみるうちに顔を真っ赤にさせて、ボンッとショートするような音が聞こえた。
気のせいだろうが、そのくらいすずがショックを受けたのが見て取れた。
「……一人で入る」
「おう」
「……覗かれたら恥ずかしいかも」
「誰が覗くかよ」
「複雑な気分」
脱衣所から顔だけ出して言ってくるすずに、俺はテキトーに返した。
覗くわけがない。
いくら俺の事が好きでも覗かれたら困るだろうしな。
そもそも俺にはそんな勇気もない。
シャワーの音を聞きながら、俺は大きくため息を吐く。
「……複雑な気分は俺の方だ」
気にならないわけがない。
興奮しないわけがない。
理性との戦いなのだ。
あきらと違って、すずの事は元から異性として意識していた。
あいつのシャワーの音を聞くのとでは、もやもや度が段違いである。
扉を隔てた向こうで同級生の可愛い女の子が裸でいるなんて想像してみろ、普通でいられるわけがない。
だけど、それでも俺はすずと付き合う気はない。
性欲と恋愛は別である。
……少なくとも俺はそう思っているから。
「もっと自分の魅力を把握してくれないかな。こっちの精神がもたない」
一人呟きながら、再びため息を吐いた。
◇
「しゅうき、お願いがある」
「どうしたんだよ」
二人とも風呂を済ませた深夜十二時過ぎ。
勉強をしながら睡魔と戦っていると、隣でシャーペンを回していたすずが言ってくる。
その顔は真面目そのもの。
珍しい事だ。
「あきらともデートしてあげて」
「……は?」
「すず、知ってたんだ。あの試合ですずの方が点を取れたのは、あきらが積極的にすずにパスを出してくれてたからって」
「それは……」
俺も思っていた事だった。
すずとのデートを受けるかどうか悩んでいたのはそこだ。
新人戦の一回戦、確かにあきらよりすずの方が得点していた。
しかし、それはあきらが自分でも打てるタイミングですずにシュートを打たせてあげていたからこその結果だった。
コーチとして試合を見ていたため、俺は気付いていた。
実際すずのシュートの方が確率は高かっただろうし、あきらの判断は間違っていない。
だが、そのサポートのせいで本来自分が受けるかもしれなかった恩恵を手放すのは可哀想だとも思っていた。
「すずもあきらも、公平に戦いたい。同じ条件でしゅうきに好きになってもらえるよう競いたい。だからお願い」
「……」
「それに最近一緒に居るとこ見ない。すずはあきらとしゅうきが幼馴染な事を羨ましいって思ってたけど、今みたいな関係は嫌」
「そうか」
すずの言葉は勝手で無責任だ。
これは俺とあきらの関係であるため、部外者が口を挟むような事ではない。
もう完全に幼馴染の関係性は変わってしまったのだから。
ただ、言わんとすることもわかる。
「……考えておくよ」
「でもしゅうき、あきらの事好きになったらダメだから」
「マジで勝手だな」
不安そうな顔で言ってきたすずに、俺は苦笑した。
最近、自分が置かれている状態がよくわからない。
まるで夢見心地だ。
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