第148話 すずの手料理

 すずはその後ぼーっと俺の隣に座っていた。

 話しかけてくるわけでもスマホを見るわけでもなく、ただじっと。

 しかしその顔には笑みが広がっている。

 なんか楽しそうな奴だ。


 と、しばらくしてすずはお腹を押さえた。


「おなかすいた」

「そうだな」

「今日何食べる予定だったの?」

「カップ麺」


 言うとすずは俺の事をジロジロ見始めた。

 顔から体まで隅々を舐めるように観察され、無性に照れてくる。


「な、なんだよ」

「最近ずっとそんなの食べてる?」

「まぁそうだな」

「ちょっと痩せてるような気がする」

「気のせいだろ」

「心配」


 自分でもまさにさっきその問題を考えていたため、図星で目を逸らしてしまった。

 その一瞬をすずは見逃さない。


「そっか。あきらがご飯作ってくれなくなったから」

「……情けない話だよ」

「じゃあすずが代わりに作ってあげる」

「え?」


 自信満々に胸を張って立ち上がったすず。


「すずは料理できるのか?」

「当たり前。しゅうきのためにご飯作ってあげたい。ダメ?」

「いいけど、食材ないぞ」

「買いに行こう」

「今から?」

「ん」


 何やら妙な事になってしまった。

 現在時刻は八時に近いし、かなり遅い時間だ。

 今から買い物に行ったとして、飯にありつけるのは夜中になるような気がする。

 幸い明日は休日だし練習も昼なのだが、そういう問題ではないだろう。


「どこかに外食に行かないか? 時間遅いし」

「作ってあげたい」

「……ありがとな」


 ここまで言われると頷かざるを得なかった。

 俺は幸せ者だな。



 ◇



「なんか手伝おうか?」

「しゅうきは隣に立ってるだけでいい」


 買い物を終えた後、キッチンで袖を捲るすずの隣に俺はただ何もせずに立っていた。

 実際、俺にできることは大してない。

 だがしかし、一応客人であるこいつに働かせっぱなしというのは気が引ける。

 それに、何故ここにいなければいけないのか。


「ここに立ってたら邪魔じゃないか?」

「ううん。しゅうきが隣で見ててくれたら嬉しい」

「……そうか」

「うん」


 家のキッチンに女子高生を立たせるのは慣れている。

 だけど、今日は全くもって別物だ。

 めちゃくちゃ顔が熱い。

 あまりにもストレート過ぎるすずに終始翻弄されていた。


 気を紛らわせるように俺は話を変える。


「今日は何を作るんだ?」

「ハンバーグともやしのスープ。付け合わせにさっき買った冷凍のブロッコリーを添える」

「本格的だな」

「この程度は余裕。すずの事舐めすぎ」

「そりゃ悪かった」

「もっとすずのこと知って欲しい」

「……」


 一生懸命にミンチをこねるすずを見ていると、茶化す気にもなれなかった。

 確かに、俺はあまりこいつのことを知らない。

 元々他の部員より付き合いも短いし、踏み込んだ会話もしてこなかった。

 俺が知っているのは、すずにシスコン染みた弟がいるくらいだ。


「そういえば今日は私服だな。この前のバーベキューの時は持ってないからって体操服だったのに」

「……しゅうきに可愛いって思ってもらいたくて買った」

「……」

「変じゃない?」

「……似合ってる」

「……ん」


 マジで何なんだ。

 やめてくれよ。いつもみたいに緩い顔しながら『えへへ』とか言ってくれよ。

 顔を赤らめて黙ってんじゃねえよ。

 俺の脳みそが徐々に何かに支配されつつある。

 ヤバい。


「すずは凛子ちゃんみたいにスタイルが良くない。姫希みたいにセンスが良くない。唯葉ちゃんみたいに可愛くもないし、あきらみたいにおっぱいも大きくない。みんなより劣ってる」

「……」

「でも、しゅうきの事大好きだから、頑張る。せめてバスケで一番になる」

「……別に負けてねーよ」

「え?」

「容姿の良し悪しなんて好みの問題だ。世間一般的に見てあいつら四人に何の引けも取ってない。すずは可愛いんだよ。だから気にすんな」


 それにすずの良さはあどけなさだ。

 こんなに純粋で可愛い高校一年生女子なんて見たことがない。

 あんまり付き合う気がない女子に対して可愛いなんて言うもんじゃないんだろうが、つい最近唯葉先輩に似たような励ましをしたこともあって、つい勢いで言ってしまった。

 ただ嘘は言っていない。


「まぁただ、バスケを頑張る姿勢に繋げるのは良いことだ。励め」

「ん。次の試合もすずがデート権を勝ち取る」

「その制度は今回で廃止だ」


 毎度毎度どういう気持ちで見守ればいいのかわからなくなる。

 それに、もし俺が本気になったらどうするんだ。

 こんなに可愛い子に好意を押し付けられて、平静を保てるほど俺の理性は強くない。

 刺激が強すぎる。


「そういえばお前、テスト勉強は平気か?」

「……なんの話?」

「よし、後で勉強だ。いいな?」

「むぅ」


 俺は何とか話題を変え、雰囲気を元に戻した。

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