第147話 避難所

 先輩二人と勉強会をした今日。

 いつも通り部活を終えて帰宅する。

 昔と違って話し相手になってくれる幼馴染もいないため、帰宅後は結構暇になってしまった。

 なんなら食生活も偏っている。


「ヤバいよなぁ」


 キッチンの方には大量のカップ麺ゴミが詰まった袋が放置されている。


 ここ最近、パンとかラーメンとかで済ましがちなため、まともな食事を摂っていないのだ。

 生まれてこの方自炊なんて経験もない。

 母親がいた時は作って貰っていたし、その後もあきらの母親の手料理を食べて育ってきた。

 あきらがいなくなった今、俺は未曽有の危機に瀕している。


 しかし、いい機会だったのかもしれない。


 どのみち将来的には離れるだろう相手だ。

 俺もあいつも結婚すれば別の家庭ができて、一緒に飯を食うことなんてなくなる。

 そもそも、高校卒業後に進路が分かれるだろうし、いつまでも夕食を作ってもらっていては俺も自立できない。

 成長過程の丁度いいきっかけだったのだ。


 とは言いつつ、料理へ重い腰が上がらないのもまた事実で。

 今日もなんかカップ麺を啜るか……と俺は棚を開けに行こうとした。

 その時だった。


「誰だよこんな時間に」


 インターホンが鳴った。

 幸か不幸か知り合いも少ないため、うちに来る奴なんてあまりいない。

 あきらと距離を置いている今、来客人に心当たりはなかった。

 だから、訝しげに思いながら俺はドアを開ける。


「どちらさまで――」

「しゅうき、こんばんは」

「……は?」


 扉の前に立っていたのは良く知った女の子だった。

 若干おめかししているのか、見慣れない私服姿で現れたのはすずである。

 眠そうな瞳と緩い笑みで俺を見つめてきた。

 その手には重そうなバッグがある。


「何の用だ」

「お泊りしたい」

「……正気か?」

「ん。お邪魔します」

「ちょっと待て!」


 俺の許可も得ず、制止すら無視して家の中に上がり込んでくるすず。

 無法者過ぎる。


「なにしてんだよお前!」

「泊まりに来たってさっき言った」

「そうじゃない! なんで急に!?」

「弟が修学旅行に行ったから、今はおうちにママと二人っきり。テスト期間と重なってるから小言がうるさいし、息苦しいから逃げてきた。避難所」

「帰れよ!」


 意味が分からん。

 いや、ちょっとわかるけど、だからってなんで俺の家……。

 しかも泊りだと?

 この言動こそおかしいが美少女と言って差し支えないこいつをこの家に泊めるのか?

 それも俺の事が好きだ好きだと言ってぐいぐい攻めてくるこいつを?

 無理過ぎる。


「帰らない。すずはしゅうきと一緒に過ごせる権利を持っている」

「なんだそれ」

「すずは試合で勝ち取ったデート権を行使してるだけ」

「……なるほど」


 なかなかギリギリのラインを攻めてくる奴だ。

 おうちデートって言いたいわけだな、要するに。

 うん。


「ぎりぎりアウトだ。ライン越え」

「なんで」

「……そもそも俺はデートするなんて確約してなかったはずだ」

「むぅ。あきらには許可をもらってるからいいじゃん」

「あいつに何の権限があるんだよ」


 テキトーな事を言いやがって。

 だがしかし、ふと落ち着いて思い出してみる。

 確か前にも似たようなことがあった。


 親と少し雰囲気が悪くなったあきらが、俺の家に逃げてきたことがあったはずだ。

 あの時は何も考えずにうちへの滞在を許可した。

 家族同然だったし、普通に泊りなんて俺達幼馴染間ではよくある事だったから。

 しかし、今回は……。


「すず知ってる。あきらがしゅうきの家に泊まってたって事。さっきしゅうきの家に泊まりたいってあきらに言ったら『私もしてたからいいよ』って。あとしゅうきにも『断っちゃダメだからね』って伝言もらってる」

「……なんだそれ」

「ねぇ、なんですずはダメなの? ……すずの事嫌い?」

「……そんなわけないだろ」


 泣きそうな顔で聞かれると死ぬほど断り辛い。

 その前の話もある。

 あきらだって本当は泊めさせたくなかったはずだ。

 だけど許可したって事は、色々思うことがあったからなわけで。


「何日泊まる気だ?」

「二泊三日。日曜の夜は帰る」

「長いわ! ……せめて泊まるのは今日だけにしてくれ」

「いいの?」

「好きにしろ」

「やった。しゅうき大好き。えへへ」

「……」


 ヤバい、マジで可愛い。

 なんでこんなにあどけなく、純粋な笑みを浮かべられるんだ。

 いい意味で高校一年生の顔じゃない。


「一応部活のグループで全員に言っておいてくれ。遠征の時のあきらみたいに、後で見つかってもめたら面倒だ」

「ん? もう言ってる」

「用意周到だな」

「勿論」


 アフターケアにも気を遣っているとはな。

 流石にこの前の雰囲気をまた繰り返すのはすずも嫌なのだろう。

 あの時は、正直このまま部活が壊れるんじゃないかって気が気じゃなかった。


「お世話になります」

「どうも、こちらこそ」

「隣座っていい?」

「……はい」

「ふかふかで気持ちいい。ね、パンツ脱いでいい?」

「いいわけねーだろ。追い出すぞ馬鹿」

「えへへ。……えへへ」

「……」


 どうしよう、無事に明日の朝を迎えられる気がしない。

 やはり追い返すべきかと本気で悩む俺であった。

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