第151話 教え方

 その日は、放課後も唯葉先輩と勉強をすることになった。

 と言っても二人きりではなく、凛子先輩も呼んでくれるらしい。

 昼間の話もあるためヒヤッとしたが、単に勉強を教えてもらいたいだけなようだ。

 俺としても凛子先輩と勉強できるのは嬉しい。

 学年が違うから少し申し訳ないものの、あの人は本当に頭が良いし、何より教え方が上手い。

 今日の放課後も有意義な時間になるだろう。


 そう思っていた。


「来てあげたわ」

「呼んでねーよ」


 二年フロアの空き教室を取っていたのだが、何故か姫希がやってきた。

 謎に上から目線なのが腹立たしい。


 俺の言葉に彼女はそっぽを向く。


「唯葉先輩に呼ばれたから来たのよ。柊喜クンに用はないわ。ちょっとあたしも凛子先輩に教えてもらおうと思って」

「……何勝手な事してくれてるんですか」

「そんなに邪険にしなくてもいいじゃないですか。みんなでやった方が楽しいです!」

「ってことは……」


 みんなってのは、みんなだよな?

 なにやら足音が聞こえたので振り返ると、あきらとすずと朝野先輩が立っていた。

 なるほど。そういうことね。

 腐っても本来は部活の時間だもんな。


「凛子ちゃん国語教えてくださいっ!」

「すずには数学教えて」

「騒がしくしてごめんね?」

「いや、大丈夫です」


 早速凛子先輩に群がるあきらとすず。

 若干申し訳なさそうに苦笑する朝野先輩に言いながら、俺は察した。

 どうやら真面目な勉強会にはならなそうだ。


「あれ、今日の数学の授業の復習してるのね。……ってそこ間違えてるし。なんでそんな式になるのよ」

「……」

「ここも間違えてる。ねぇ君、授業中寝てた? なんで今日やったとこ忘れてるのよ」


 俺が姫希を呼びたくなかった理由はこれである。

 予感的中。

 まだ俺なんにも聞いてないのに。


「仕方ないわね。あたしがおしえt——」

「凛子先輩、ここなんですけど」

「ん~? 教科書持ってる?」

「はい」

「あ、そこか。ここの公式を変形したらいいんだよ」

「思い出しました。そう言えば授業中にノートにメモしてた変形式だ」

「わかった?」

「ありがとうございます!」


 後ろから物凄い視線が突き刺さる。

 振り返ると殺気に似た何かを放つ姫希がいた。


「なんだよ」

「別に?」


 姫希には絶対に聞かないと心に決めている。

 テスト前に心を折られるのは最悪だ。

 優しい先輩の方に靡くのも当然だろう。


「柊喜君、シャンプー変えた?」

「よく気付きましたね。昨日の夜から変えたんです」

「良い匂いする。僕、惚れちゃいそうだよ」

「……揶揄わないでください」


 凛子先輩は、あくまで依然と同様の態度を示すためか、相変わらず揶揄うような事を言ってくる。

 だがその心境は知り得ない。

 至近距離で顔を近づけてくる先輩から俺は距離を取った。


 心臓ばっくばくである。

 凛子先輩の距離感にドキドキしているのもあるが、それだけじゃない。

 視界の端で優しく微笑む唯葉先輩が気になって仕方がないのだ。


 凛子先輩、それ、ヤバいです。


「すずも気になる」

「おいッ!」

「この前と違う。こっちも好き」


 先輩にムッとしながらやってきたすずにも顔を近づけられ、恥ずかしくなってきた。

 普通に鬱陶しいし、やめてほしい。

 というか、もう夕方なのに昨晩の匂いなんて抜けてるだろ。


 ふと見るとあきらがチラチラ俺を見ていた。

 しかし目が合った瞬間に向こうから逸らされた。

 まぁ、色々あるのだろう。


「あきら、勉強は大丈夫か?」

「……微妙。赤点取っちゃうかも」

「何の教科がヤバい?」

「数学」

「……」


 数学という言葉に、さっきから仲間外れにされていた女子の肩がピクッと反応する。

 仕方がない。

 俺とあきらは苦笑しながら姫希に話しかけた。


「姫希、教えて欲しいとこあるんだけどっ」

「ど、どこかしら」

「ここ。どの公式使って解くの?」

「……ちょっと難しい問題ね」

「ここまでは自分で解いたんだけどさ」

「……頑張ったじゃない。ここまでできたらあと少しよ」


 できるだけ優しく話す姫希に吹き出しそうになった。

 なんだ、やればできるじゃねえか。

 その調子で俺にも教えて欲しいんだけどな。


「だから、その公式じゃないって」

「えっと……」

「もう! それでもないわよ!」

「……」


 やはり怒られて無言になるあきら。

 そして、それを見て焦りを見せる姫希。

 人間そう簡単に変わらないよな。


 ただ、少しでも優しく教えようとした姫希の努力は称えるべきだ。

 俺はそんな様子につい笑った。

 みんなでやる勉強も悪くはない。

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