第140話 初めての公式戦

 やっぱり、ベンチの迫力が違うよなぁ……。


 いざ試合直前になって思うのは、やはりそれだった。


 うちのベンチに座るのは選手五人、そしてマネージャーの朝野先輩、コーチの俺のみ。

 対して向こうは選手十数名と複数名のマネージャーが動いている現状。

 練習試合の時も感じていたが、人数の差というものを痛感する。


「相手、やっぱりちっちゃいね」

「そうだな」


 ユニフォームの紐を結んでる相手の四番は、見た感じ160cmもなさそうだ。

 これはかなり有利な戦いになるかもしれない。


「相手の四番好み?」

「え?」

「じっと見てる」

「いや、そういうわけでは」


 すずに指摘されてすぐ否定したが、彼女は無表情で俺を見る。


「まぁまぁ、ゆっくり行きましょう。相手が小さいならすずちゃんの出番ですよ!」

「ほんとだ。いっぱい点取る」

「私も負けないもん」

「……意欲があるのは良いことだが、ちゃんとチームプレイしろよ?」

「「はーい」」


 仲良く返事するすずとあきらに苦笑が漏れた。

 どんな時でも自分たちの雰囲気を保てるのは良いことだな。


 だから、残りの二人も見習ってほしい。


「……えっと、まず左サイドにドリブルして。でもディフェンスがひきつけられなかったらどうするのかしら? あれ?」

「姫希」

「ひゃんッ!」

「落ち着いて、楽しんでいけ」

「……そ、そうね」


 練習試合の時同様、緊張しまくっていた姫希の肩に手を乗せると彼女は変な声を漏らした。

 だがしかし、若干緊張がほぐれたらしく、ガチガチだった表情に余裕が生まれる。

 良い感じだ。


「凛子先輩もリラックスして」

「あはは、バレてた?」

「足震えてましたから」


 いつも通り、上の部分を折り込んでズボン丈を短くしているのだが、元々足が長いもんだから凄く目立つ。


「指示は特にない。まずは自分たちでやってみろ。練習試合の時の事を思い出せばやれるはずだ」


 どんなチームかわからないため、初めに出せる指示もない。

 しかし、そんな俺の言葉に五人は笑顔で頷き、立ち上がる。


「じゃあみんな円陣行きますよ! 楽しんでいきましょー!」

「おー!」


 コートに向かっていく背中が、やけに頼もしく見えた。



 ◇



「すずが二十一点、あきらが十九点。すずの勝ち」

「……ホントに悔しい」


 汗を拭いながら言い合う女子二人。

 その顔にあるのは両者とも満面の笑みだ。


 脇には項垂れて肩を大きく上下させている一つ結び。

 朝野先輩とニコニコしながら話している小学生。

 すずとあきらのやり取りを複雑そうな顔で、でも緩い表情で見ている凛子先輩。


 結果から言うと、特に何の問題もなく一回戦は勝利した。


 スコアは53対42で接戦をしていたが、身長差という面でアドバンテージがデカかった。

 今の会話からもわかる通り、ゴール下はすずの独壇場だった。

 パワープレー主体のすずが一人で二十点も取ったのはとんでもない事だと思う。


「みんな頑張ったな」

「見事初戦突破だねっ」

「あぁ」


 若干涙目のあきらを見ていると、俺も嬉しくて涙腺が緩んだ。

 しかしダメだ。

 まだ試合は終わってないからな。

 一戦一戦大喜びしていても仕方がない。

 俺達の目標は優勝である。


 っていうか、あきらが泣きそうな顔をしているのは、勝ったのがうれしくて感極まってるだけだよな?

 すずにデート権取られて悔しがってるわけではないよな?

 不安になってきた。

 誰もデートするなんて言ってないが。


「あきら、いっぱいシュート決まったな。もう立派なシューターだぞ」

「あはは。ありがと」

「すずも圧倒的だった。お疲れ」

「しゅうきとのさっきの練習のおかげ」


 二人に言うと、どちらも嬉しそうに笑う。

 得点面ではこの二人が頑張ってくれたからな。


「凛子先輩、ディフェンス良かったです」

「うん。結構頑張ったかも」


 凛子先輩は俺の教え通り、かなり控えめに動いていた。

 だけど動くタイミングは完璧で、相手の甘えたシュートを何回も叩き落としてくれた。


「唯葉ちゃんも一人で八点取ってますし、オフェンシブで良い感じでした」

「えへへ。相手がちっちゃかったら負けません!」


 唯葉先輩も朝の話通り、オフェンシブな動きを見せてくれた。

 得意のディフェンスは勿論、得点面でも貢献していた。


 四人にそれぞれ言った後、俺は最後に一人の女子を見る。

 彼女はぼーっと焦点が定まっていない様子で、遠くを眺めている。


「姫希、お疲れ」

「……あたし、足引っ張らなかったわ」

「当たり前だろ。頑張ってきた成果だ」

「……努力って実を結ぶのね」


 初めて部活に行った日の事は今でも覚えている。


『勝ちたいって言うけど、無理でしょ。あたしたち五人揃うこともないんだもの。このままじゃ次の新人戦には出場すらできないわ』

『……このままでいいのかよ』

『良いとか悪いとかじゃない。無理なの』

『四人は練習来るんだろ? 最悪外から一人助っ人を連れてくるとか……』

『無理よ。あたしが出場する限り勝てない』

『……それは下手だからか?』

『そうよ』


 誰よりも自分の実力を卑下していた姫希。

 実際、本当に下手くそだったし、あのままだったら足手まといだったかもしれない。


 だけど姫希は努力した。

 俺とのマンツーマン練習で劇的にドリブル技術が上達した。

 今ではお世辞ではなく、チームに必要な選手に育った。

 全ては姫希の努力や、折れない心があったからだ。


「柊喜クン、ありがとう」

「……俺に礼を言ってどうする。お前の努力が全てだ。俺はなんにもしてねーよ」

「素直に受け取りなさいよッ! あはは」


 珍しく声を上げて笑う姫希を見て、俺も笑った。

 そしてベンチのみんなも笑う。


「よかったね、一回戦突破」

「最高です」


 朝野先輩の言葉で、俺達はベンチを後にした。

 次の試合は明日である。

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