第141話 お疲れ様

 高校バスケの試合ってのは、トーナメント決めの際にいくつかルールがある。

 強過ぎるチームがシードになったり、ある程度過去のチームの成績が考慮されて組まれるのだ。


 俺達の部活は、入部した当初に聞いていた通り、先輩達が意外に強かったらしい。

 ベスト8と言っていたが、それは大体2勝しなければいけない位置。

 要するに中堅校って感じである。


 さて、そんなわけで俺達は、若干困った状況に置かれるわけだ。

 過去の成績により、トーナメントがややデスブロックになるという問題が生じる。

 回りくどいので端的に言うと、2回戦目の相手はインターハイ県予選の準優勝校だった。


 はっきり言おう。

 勝てるわけがない。


 俺は諦めるっていうのが死ぬほど嫌いだ。

 高校生の試合如き、アップセットなんていくらでも起こせるものだし、基本的には努力で賄える範疇だと思うから。

 それに、俺自身が絶望に立たされた事がなかったため、諦めるという思考に至ったこともない。


 だからあんまり言いたくはないんだが、それでも俺は勝機を感じられなかった。

 それほどまでに、試合内容も圧倒的だった。


 11対112。

 僅か2回戦で俺たちの新人戦は終わった。



 ◇



「……悔しいです」

「ヤバかった。本当に何にもできないんだね」


 午前の試合を終え、午後三時に学校の体育館に戻ってきた。

 ホームの雰囲気が安心感と切なさを煽る。

 こんなに暗い土曜はあまりない。


 先輩二人の言葉にあきらと姫希も項垂れる。


「ごめんなさい……。全然ボール運べなかった。ドリブル、通用しませんでした……」

「姫希は悪くありません。わたしのフォローも足りませんでした。自分の事で必死で」

「私、シュートを打つタイミングすら作れなかった」

「あたしのせいよ。ごめん、パスを出す余裕すらなかったわ」


 完全なるお通夜ムードだ。

 初日に上手く行き過ぎたせいか、あまりの負けっぷりに心が折れたのかもしれない。


 ただ、コーチの俺は大して落ち込んではいなかった。

 変な話、期待していなかったんだろ?と言われればそれまでだが、単純に俺が思っていたよりは戦えていたのだ。

 点差だけ見るとどこが?と思われるかもしれない。

 しかし、根拠もある。


「みんな知ってるか? 相手はあれだけの人数がいたのに、後半に入るまでスタメンを出してたんだぞ」

「……それがどうしたの?」

「要するに、二軍を出したら少々面倒な事になりそうだと思わせられてたって事だ」


 相手は強豪で、ベンチ外にも選手がいるようなチームだった。

 そんなチームが格下相手にサブメンバーを出さない理由はない。

 普通は次の試合への温存のためにすぐに交代するものだから。


「……そうは思えなかったけれど」

「そうだな。アップ調整に使われたともいえるし、単に三桁得点をしたくて強いメンバーを出し続けたのかもしれない」

「ッ! ……なんなのよ」

「可能性の話だからなんとでも言えるだけさ。ただ、あいつらは重大なミスを犯した」


 俺の言葉に全員が一斉に向く。

 さっきから無言だったすずも強い目線で俺を見た。


「俺達の目標は県大会優勝だ。今回の新人戦でも、今日の相手は確実に上位に入って来るだろう。要するに、いつか俺達が優勝を目指すとき、また障害となり立ちはだかる存在なわけだ。再戦は避けられない」


 優勝するためにはトーナメントを勝ち抜かなければならない。

 その時、絶対と言って良いほどの確率であのチームと戦うことになる。


「あいつらはミスを犯した。それは、試合時間の半分も俺達にスタメンの動きを見せてしまったことだ。いくらでも改善の余地があるし、対策も講じることができる」

「なるほど。資料提供ってことですか」

「唯葉ちゃん、その通りです」


 二度も同じ相手に負けるわけにはいかない。

 次は勝つ。

 圧倒的な実力差があってもな。


「……そんな上手くいくのかな」

「何言ってるんですか。いくわけないでしょ」

「え」

「だからこれからは練習です」


 楽な道のりなわけがない。

 意地悪を言ってきた練習試合相手にリベンジをするのとは、話が違うのだ。

 数字でわかっている通り、相手は俺達の十倍強いと考えれられるため、それを覆すには単純計算で十倍以上の練習が必要になる。


 凛子先輩は俺の返答に苦笑しながら言った。


「また練習か〜、頑張ろ」

「今までみたいなテキトーな練習はしませんからね。課題も見えたので徹底的にやります。……でも、一つ確認しておきたいんです」


 以前宮永先輩に言われたことを思い出す。

 俺が一人で突っ走って空回りする事態は避けたいのだ。

 だから、全員に確認しておきたい。


「あいつらに、勝ちたいか?」

「勝ちたい。絶対潰す」

「……お、おう」


 食い気味で答えたのはすずだった。

 ずっと無言だったが、物凄くストレスが溜まっていたらしい。

 それも当然で、今回の試合で一番封じられてキツい思いをしたのはすずだったのだ。


 と、すずを皮切りにみんな次々に言う。


「私も次は負けないっ! シュート以外の技術も身につけなきゃっ」

「ドリブルだけじゃダメね。あたし、もっとシュートも練習したいわ」

「僕はもっとメンタルを強くするよ。正直相手の迫力に気圧されてた」

「……わたし、もっとみんなを引っ張れるようになりたいです!」


 各々、自分の課題が見つかったらしい。

 ともかく、想いは同じだ。

 これなら安心して指導できる。


「俺達の目標は県大会優勝だ。次の大会まで二ヶ月以上あるし、次こそは勝つぞ」


 こうして俺達の大会は終わった。

 戦跡としては一回戦突破でベスト16。

 まぁ、妥当と言ったところだろう。


 ちらっと全員を見渡すと、暗い顔のどこかにみんな若干の期待を含んでいるのがわかる。

 そんな視線が俺を向いていた。

 仕方ないな。


「……今日は打ち上げするか。前に言った通り、俺の奢りで」

「奢りッ!?」

「あぁ」


 優勝には全く届かなかったが、このチームで掴み取った一勝の価値は高い。

 みんなにいじられてきまり悪そうに顔を赤くする姫希を見ながら、俺は笑う。

 本当に、お疲れ様だ。

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