第139話 調整練習パート2

 すずや姫希、あきらの練習風景をのんびり眺めていると、ややあって凛子先輩がやってきた。

 なんだかんだ集合時間三十分前だ。

 今日はみんな来るのが早すぎる。


「おはようございます」

「みんな早いね。遅れちゃったかな?」

「集合時間三十分前なので大丈夫ですよ」


 俺を含めた他の奴らが早すぎるだけである。


「ちょっと全体調整の前にいつも個別指導してもらおうと思って」

「わかりました。任せてください」

「いつも頼りにしてるよ」


 一応部活の日はアップ時に凛子先輩と個別でレイアップ練習をしていたし、今日もやろうと言うのならば俺は協力するだけだ。

 実際、いつものルーティンみたいなもんだから、毎日の練習は続けた方がリラックスできるかもしれない。


 着替えに行った凛子先輩を待ちながら、ぼーっと三人の練習を眺めた。


 すずと姫希が一対一をしている傍らで、あきらは一人スリーポイントラインの辺りに立っている。

 姫希がドリブルで中に突っ込み、そこからあきらにパスを出した。

 そしてあきらがシュートを打つ。


「なるほど」


 俺がさっき教えた練習を実践しているらしい。

 嬉しい限りだ。


「あんまり激しくしなくていいぞー。怪我したら替えが利かないからな!」

「「はーい」」


 とりあえず注意をしておくと、あきらとすずから緩い返事が返ってきた。

 姫希はぶつぶつ言いながら俺の声なんか聞こえていない様子。

 集中しているようだ。


「待った?」

「まぁ、多少は」

「そこは『今来たところだぜ』じゃないの?」

「……デートの待ち合わせじゃないんですから。そもそもずっと俺ここに座ってるのに、意味わかんないでしょ」


 着替えを終えた凛子先輩が至近距離で笑う。

 綺麗すぎる横顔につい目を逸らした。


「やろうよ」

「そうですね。あ、でもいつもほど激しくはしないですよ? 今日は長いですから」

「……なんか言い方やだなぁ」

「は?」


 よくわからない事を言う凛子先輩に首を傾げると、彼女は逃げるようにボールを取りに走って行った。

 相変わらず頭の中が真っピンクな人だ。

 なんでもかんでも変な意味に結び付けやがって。


 先輩と一緒にいつも通りの位置に移動した。


「今日はあんまり前を走らなくて大丈夫です」

「えっ? それで勝てる?」

「勝てる勝てないというより、フルタイムで走り続けると凛子先輩の体が壊れるかもしれません。この前の練習試合と違って4クォーターフルでありますから」

「でも僕、柊喜君も知っている通り走ったり飛んだりすること以外何の役にも立てないんだけど……」


 凛子先輩はうちの部活で一番バスケが下手だ。

 思考能力や身体能力に関しては断トツでチーム内一だと思うが、肝心のスキルが壊滅的。

 特に、姫希というもう一人の問題児がドリブルを身に着けた現状、差がついてしまっている。


「状況把握をしっかりして、ここぞというタイミングで走って、ここぞというタイミングで飛んでください。無駄な体力は使わないように」

「無茶な事言うね」

「凛子先輩ならできると思います。上手くサボるのは得意でしょ?」

「酷い!」


 凛子先輩は要領が良い。

 だからこそ、課題の提出がテキトーでも成績を維持できたり、なんでもそつなくこなせるのだ。

 抜くタイミングをしっかりと把握している証拠である。

 単に頭が良いのだ。


「この前の練習試合を見て思いましたが、凛子先輩は毎試合頑張り過ぎです。もうちょっとサボりましょう。多分、自分が走ることしかできないことを負い目に思ってるんでしょうけど、走れるってすごい事です」

「……僕って足手まといじゃない?」

「そんなわけないでしょ」


 忘れてはいけないが、練習試合で一番最初に点を取ったのは凛子先輩だ。

 チームに必要不可欠な選手に決まっている。

 これは人数が五人しかいないからとか関係なくの話だ。


「……頑張るよ」

「あ、だけど課題は出してくださいね」

「ふふ、手厳しいね」


 当然だが、普段からサボることを勧めているわけではない。



 ◇



「す、すみません! キャプテンとしたことが、遅れちゃいました……」

「まだ五分前っすけど」

「十分前行動が当然でしょう! それにわたしはキャプテンなんです! みんなの模範にならなきゃいけないのに、まさかのビリだったとは」

「ははは」


 割と本気で落ち込んでいる唯葉先輩に思わず噴き出した。

 意外と意識が高く、ちゃんとキャプテンをしているのがこの人だ。

 そのギャップが面白い。


「唯葉ちゃん、何か俺とやりたい練習とかありますか?」

「え?」

「あ、いや。全員個別指導をしたので、流れで何かあるかなと思って」


 姫希、あきら、すず、凛子先輩とマンツーマン指導をしてきた。

 だからそのノリで言ったんだが、当の唯葉先輩はきょとんとするだけだ。

 超恥ずかしい。

 余計なおせっかいだった。


「じゃあ一ついいですか?」

「はい」

「身長の低い人が相手の時、わたしは普段よりも積極的に攻めた方が良いんでしょうか?」


 実は今回の対戦相手、全体的に身長が低い。

 そもそもスタメンに170cmを超えている選手がいなかったはずだ。

 うちはすずと凛子先輩がそこそこ身長があるため、その点で有利と言える。


 唯葉先輩はいつも攻めあぐねていた。

 それは単純に一番上手い唯葉先輩がディフェンスのヘイトを買いやすいから、という理由もあるが、それ以上に身長が低すぎてシュートまで持っていくのが大変だからという根本的な理由もある。


「そればかりは俺も何とも言えないですね。まずは試合を見なきゃわかりません。あと、相手の身長が低いならすずとか凛子先輩が動きやすいですし」

「それもそうですね。えへへ、気が早かったです」

「ただどのみち、バスケは五人全員に攻める力がないと厳しい競技なので、チャンスとなればガンガン行きましょう」

「オフェンシブな感じですか」

「そう、オフェンシブ唯葉ちゃんです」

「オフェンシブ唯葉ちゃん! なんかカッコいいです!」


 ふざけて言ってみたら思いの外乗ってくれた。

 ニコニコ笑いながら復唱してくれると俺も嬉しいもんだ。

 だがしかし。


「相手の身長で思い出しましたけど、選手登録の際に身長入力詐欺りましたね?」

「ぎくっ……。なんのことやら」

「擬音が口から漏れてます」


 大会の運営にチームのデータを送るのだが、その際の身長は自己申告制である。

 大して精密なデータでは上に、バッシュという厚底靴を履いてしまうため、誤差は生じる。

 だからこそ、俺も経験があるからわかるが、多少盛るもんだ。

 多少は。


「宇都宮唯葉、身長160cmって書いてあったんですけど、見間違えですかね?」

「……」

「20センチくらい盛りました?」

「12センチです! 流石にそこまで盛ったらバレます!」

「12も大したもんでしょうが!」


 ツッコむとハッと目を見開く馬鹿な先輩。

 本当に大丈夫かこの人。


「せめて150cmくらいにしましょう。多分それなら誰も文句言いません」

「……だって、おっきくなりたかったんですもん」

「……まだ伸びるかもしれません」

「中三以降一ミリも伸びてませんけど」

「……」


 フォロー失敗。

 コーチも完璧なわけではない。許せ。


 涙目になった先輩に申し訳なく思いながらも、ただ苦笑いを浮かべる事しかできない。


「はぁ、まぁなんでもいいです。今日勝てばわたしの方が偉いんですから」

「そうですね」


 よくわからない理論だが、真面目なトーンに戻った唯葉先輩に胸を撫で下ろす。

 この調子なら今日も引っ張ってくれるだろう。

 試合の時に頼りになるのはベンチにいるコーチよりも、同じコート上でムードを作れるキャプテンの存在だ。


「頼りにしてます」

「任せてください。わたしも頼りにしてますよ」

「任せてください」


 そんなこんなで、俺達の一日が始まった。


「よし、全体調整するぞー」


 記念すべき公式戦一戦目は、勝利で飾ろうじゃないか。

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