第138話 調整練習パート1

 さて、試合当日になったわけだが、驚くほど早い時間に目が覚めた。

 今日は試合が午後なため、部員は昼に学校集合だったはずだが、スマホを見ると現在時刻は七時ピッタリ。

 まるで普通に登校でもするのかって感じの時間だ。

 一応金曜日なので、部活生以外は普通に授業日である。


「緊張してる? この俺が? 笑わせんなよ」


 ベッドの上で胡坐をかいたまま、壁に向かって言ってみた。

 口に出すと不穏な雰囲気が漂い始めた。

 最悪だ。


「部員には十時に集合して調整をするように言ってたけど、流石に今は早いよな……」


 授業日と言ってもグラウンドや体育館は部活生が調整に使うため、フリーになっている。

 そのため俺達も試合に赴く前に練習をするように言っていたのだが、だからと言って今から行くのは早すぎるだろう。

 そもそも俺は試合に出ないし、練習することもない。


 いや、なんでもいいか。


 どうせ暇なんだし、家に居てもそわそわするだけだ。

 俺は着替えて学校に向かうことにした。



 ◇



「何故いる」

「全く同じ事を聞いていいかしら? なんでいるのよ!」

「朝から大声を出さないでくれ。頭が痛い」


 体育館には先客がいた。

 運動部っぽくないおめかしされた髪型で引きつった顔をするのは姫希である。


「集合時間より二時間早いけど」

「目が覚めちゃったから……。どうせ家に居ても落ち着かないし、せっかくだから練習しようと思って」

「ほう、やる気があっていいじゃないか」

「……なんかウザいわね。負けたくないんだもの」

「あぁ」


 俺と会話しながらも姫希はスムーズにドリブルを突いている。

 最早ボールを見なくてもドリブルができるようになったらしい。

 凄い進歩だな。


「あ、君に一つ聞きたい事があるのよ。いつもドリブルで中までツッコむとディフェンスに囲まれちゃうんだけど、どうすればいいのかしら」


 姫希が現状できるのはそこそこなドリブルによるボール運びのみ。

 そこから得点につながるプレーだったり、気の利いたパスだったりっていうのはまだまだ苦手だ。


「簡単な話さ。お前に相手が複数人寄って来てるなら、フリーな味方ができてるはずだろ? そこにパスを出せばいいんだ」

「……正直周りがあんまり見えないから誰がフリーなのかわかんないわ」

「なるほど」


 それ以前の問題だったか。

 だがしかし、自分で課題に気付けている時点で大したものだ。


「ドリブルする時のコース選択の時、姫希は何を考えてる?」

「えっと……あ」

「気付いたか」

「簡単な話だったわ。パスしたい味方のディフェンスを引き付けるようにドリブルすればよかったのね」

「特にそれがあきらとの連携なら、高確率で得点に結びつくだろうな」

「本当だわ!」


 まぁ、いわゆるキックアウトって奴だな。

 ゴールに向かってドリブルすることで、敵を自分に引き付ける。

 そしてフリーになった味方にパスを出し、比較的イージーにシュートを打たせる。

 バスケの定石の一つだ。

 チームにシューターがいると活かしやすい戦法である。

 うちには入り出したら止まらない確率機ちゃんもいるわけで、必須スキルと言えるだろう。


「よし、一旦練習してみよう」

「わかったわ。えっと……」

「体が流れてるぞ。一旦ここで止まって、冷静にパスをだな――」

「ちょっと! 腰触らないでッ!」

「……すまん」


 二ヶ月経っても姫希とはこんな感じある。



 ◇



「あはは……。家は落ち着かなくってさ」

「そうか」

「姫希と二人?」

「うん」


 二番目に到着したのはあきらだった。

 この前切って短くなった髪が風に吹かれて揺れる。

 彼女は若干気まずそうにはにかんで見せた。


「今日は大丈夫かな……」

「お前なら絶対にいける」

「っ! ……ありがと」

「あ、いや。その」


 つい以前のように条件反射で励ましたが、頬を赤く染めたあきらに俺も恥ずかしくなった。

 だがしかし、これはコーチとしてだ。

 言うべきことは言っておかなければならない。


「三十点取るんだろ? 弱気な事言ってたらダメだぞ」

「あはは。ホントだね」

「実際お前が点を取らなきゃ負けるんだ。試合前にプレッシャーをかけるような事を言って申し訳ないが、お前が頼りだから」

「うん」

「キツくなったら先週末の事を思い出せ。乗り越えられるはずだ」

「……」


 これは別に俺との関係の事を言っているのではない。

 試合で思うようにシュートが入らなかった苛立ちや、他校の選手に馬鹿にされた悔しさを思い出せと言っているだけだ。

 俺は名のあるコーチでもトレーナーでもないため、正しい励まし方なんて知らないし、何の知識も持ち合わせていない。

 あるのはただの信頼関係だけだ。

 俺とあきらが幼馴染としての一線を越えたとしても、今までに育んできた絆は消えない。

 前にも言ったが、俺にとってこいつは特別だから。


「そうだね。頑張らなきゃ」

「おう」

「すずに点数負けたら、柊喜とのデート権取られちゃうしっ」

「……それ、本気で言ってんのか」

「当たり前じゃん。コーチでしょ? 選手のモチベーションを下げるような事言わないよね?」

「よく言うぜ。絶対デートなんかしないからな」

「あははっ」


 ニヤニヤしながら言ってくるあきらに俺はため息を吐きつつ、内心少しドキッとしていた。

 そんなわけないのに、数日前よりも可愛く見えるのは何故だろう。



 ◇



「おはよう」

「早いな」

「しゅうきに練習手伝ってほしくて」

「あぁ」


 九時頃になってやってきたのはすずだった。

 ちなみにあきらと姫希はお腹が空いたと言ってコンビニに行っている。


「すずが一番乗り?」

「いや、姫希とあきらが来てたぞ。今はコンビニに行ってる」

「なんだ」


 少し悲しそうに眉を下げながら、すずはバスケットボールを持ってきた。

 そして手招きされてゴール下に立つ。


「自分より大きな相手から点を取る練習したい」

「……いつもみたいにリバウンド練習じゃなくていいのか?」

「今日は例外。あきらより点数を稼いで、しゅうきとのデート権を勝ち取る」

「俺は行くなんて一言も言ってないんだけどな」


 あきらもすずも、勝手な事をしてくれるもんだ。

 断り辛いのも厄介だし。


 なんて考えていると、むにっと背中を押し付けられた。

 シャンプーの良い匂いがする。


 強めのドリブルで俺を押しのけようとしてくるすずだが、所詮は女子高生の力。

 その程度では俺はびくともしない。


「む。全然動かない」

「力だけでゴリ押そうとしてもダメだな。ゴール下は駆け引きなんだ。ほら」


 一応俺も高身長なため、センター的なポジションのパワープレイも身につけている。

 だから俺はすずとディフェンスを交代して見本を見せた。


「右にシュートフェイクして、相手が飛ばなかったらそのままシュート」

「なるほど」

「あとは、少しでも相手が動いたらファールを誘ってそのままシュートを打つとか」

「わざと体をぶつけるってこと?」

「まぁ、そんな感じだな」


 少し離れて説明すると、すずは理解したのかしてないのかよくわからない表情で頷いた。


「すず、お尻でどかすことしか考えてなかった」

「……そうだな」


 知っていた。

 だってさっきから考えないようにしていたが、ずっと当たっていたんだもの。

 それも俺のあんまり良くない場所に。

 こういう時、自分が真摯なコーチでよかったとつくづく思う。

 気を抜いたら大惨事だった。

 特に、意外と初心なところがあるすずが、俺の生理現象に対してどんな反応をするかはわからないし。


「ん?」


 冷や冷やしていた俺に首を傾げるすず。

 彼女はそのままにこっと微笑んだ。


「しゅうきは何でもできて凄い」

「……そんなことねーよ」

「えへへ。早く来てよかった」

「そりゃよかった」


 純粋な顔で見つめられ、自分が酷く汚いモノなような気がした。

 まるで浄化されるようだ。

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