第137話 明日は試合
翌日の部活で、ようやく選手五人が揃った。
「みんな、迷惑かけてごめんなさいっ!」
開始早々、深々と部員達に頭を下げるあきら。
そんな彼女に事情を知っている姫希が優しく言う。
「戻って来てくれてよかったわ」
「うん」
あきらは頷いた後、全員を見渡して続けた。
「私、柊喜に告白した」
彼女の告白に四人が目を見開く。
特にすずは持っていたバスケットボールを落とした。
凛子先輩も伏し目がちに俯いた。
「……付き合い始めたの?」
「ううん。フラれちゃった」
「……」
すずの言葉に比較的明るい声であきらは答える。
「この前合宿で言った通り、私は柊喜の事が好き。それを隠したまま幼馴染として近くにいるのが耐えられなかったから」
すずは言葉を失っていた。
それはあきらの表情が然程落ち込んでいなかったからだろうか。
付き物が取れたような顔を見せるあきらに、すずは眉を顰めるだけだ。
「なんでそんなに平気そうなの」
「平気じゃないよ。ただ、前よりはマシだから。……女の子として意識してもらえるようにはなったから、今はそれでいいんだ。昔みたいなやりどころのない悔しさは、もうないから」
「……」
思い出すのは遠征帰りの夜の事。
俺は一生あきらの姿を忘れないだろう。
そしてその度にあきらを異性として意識し続けるんだ。
かなり攻めた告白だったが、アレのおかげで俺は気持ちに気付けた。
「という事なので、また頑張ります」
「……明日は試合ですからね」
あきらの締めくくりに、顔を引きつらせながら笑って言ったのは唯葉先輩だ。
県の新人戦は今週の金土日で、今日は木曜日。
超ギリギリなのである。
しかも、トーナメントも当たりを引いているわけではない。
相手チームの過去試合成績はざっと見たが、大体去年までのうちと同程度。
今の五人しかいない俺達にとってはどう考えても格上な感じだ。
大体この前練習試合で勝てなかったチームと同等か、それ以上の実力がある相手だと思っていい。
「こほん。まずは初戦を勝とう。俺達の目標は県大会の優勝だ」
「そうですね。練習試合の事を思い出しましょう。わたしたちなら絶対勝てます!」
姫希のドリブル、あきらのロングシュート、凛子先輩の身体能力、すずのリバウンド、唯葉先輩のディフェンス。
この二ヶ月でバランスのいいチームに育ったと思う。
だけど、圧倒的に時間が足りなかった。
県大会で優勝できるような実力が身についているとは到底思えない。
正直なところ、初戦で躓く可能性の方が高いと思う。
「私、明日は三十点取るよ」
「は?」
明日の事を考えていると、あきらが口を開いた。
「週末の試合で気づいたんだ。私が点を取らなきゃダメなんだって」
唯葉先輩は厳しくマークされるだろう。
すずだってゴール下で自由に動けない。
姫希と凛子先輩はそもそも得点をする能力がないし、必然的にあきらが点を取ることでしか突破口が開けないのは事実だ。
そうだよな。
悩んでも仕方ないよな。
コーチができる事なんて、全員に自信を持ってもらうことと、やる気を煽る事くらいだ。
「よし、優勝したら俺が全員分の晩飯を奢ってやる。盛大に祝おうじゃねえか」
「この前の遠征終わりの打ち上げも兼ねてだねっ」
「あぁ」
手痛い出費だが、それでこいつらが頑張れるなら安いもんだ。
「お、奢り? 本当に良いのかしら……」
「勝ったらって言ってるだろ食いしん坊」
「いいじゃない! この前は奢ってあげたんだから」
「その前に俺がいくら奢ったと思ってるんだ」
よだれが垂れるんじゃないかって勢いの姫希に苦笑が漏れる。
「すずはそれよりもお泊り会が良い」
「……それも考えとくよ」
「ほんと? 今度こそしゅうきと同じ部屋で寝たい」
「……」
ニコニコしながら言うすずに姫希とあきらがツッコんでいた。
相変わらず押しの強い奴だ。
◇
部活終わり、いつも通り部員の着替えを待っていると、一番に出てきたのは凛子先輩だった。
「早いっすね」
「あはは。みんな盛り上がってるから」
「そうですか」
乾いた凛子先輩の笑みをじっと見つめていると、先輩はしびれを切らして口を開く。
「僕だけだよ。気持ちを隠してコソコソしてるのは。先輩なのに最低だよね」
「……別に気にしなくていいと思いますけど」
「あきらをフったって言うのは本当?」
「はい」
答えると先輩は真顔で聞いてきた。
「それはこの部活内で誰とも付き合う気はないって事で良いのかな? それとも、他に好きな子出来ちゃった?」
「……付き合う気がないって事で良いです」
「この前と一緒か。そっか。そうだよね」
部内で複数人から好意を向けられている現状で誰かと付き合い始めると、確実に問題が起こる。
そのことを凛子先輩は理解している。
だからこそ、すずやあきらと違って俺以外に自分の気持ちを言っていないんだと思う。
「恋愛って苦しいね」
「……そうですね」
「ふふ。柊喜君も色々あったもんね」
俺が恋愛することに慎重になっているのは、恐らくというか確実に元カノが影響している。
痴情の縺れは厄介なのだ。
それがなければ、すずに告白された時に付き合っていたかもしれない。
「僕らのためにたくさん考えてくれてありがとう」
「……礼を言いたいのは俺の方です。俺なんかを好きになってくれて、本当に嬉しいというかなんというか」
言っていて顔が熱くなった。
恥ずかしい、何言ってるんだ俺。
「顔真っ赤じゃん。可愛い」
「……」
「好きだよ。じゃあね」
「あ、はい……」
捨て台詞に愛の言葉を囁いてくるのが凛子先輩らしい。
相変わらず揶揄われっ放しだ。
と、完璧なタイミングだったらしく、先輩が去った後に他の奴らも着替えを済ませて出てきた。
「遅いぞ」
「ね、しゅうき。明日ずずとあきらでどっちが点数取れるか勝負するから、勝った方とデートして」
「……断る」
「む。姫希とは夜にデートしてるくせに」
「デートじゃないわよ!」
「全くだ」
それにしても、そんな話をしていたのか。
そりゃ凛子先輩は居心地悪くなるよな。
「帰りましょうか」
「はーい」
そんなこんなで、俺達は解散した。
少々荒れてはいるが、一応部活としてのまとまりは取り戻した……と思う。
何はともあれ、明日から試合だ。
締めるところは締めていこうじゃないか。
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