第4章

第136話 幼馴染には戻れない

 あきらとの関係を曖昧なままにしておきたくない。

 互いに距離を置こうという状況になってはいるが、試合も近いし、また、いつまでもこんな状態でいるわけにもいかないだろう。


 今日で水曜。

 あきらは月曜から三日連続で学校を休んでいる。

 このままではまずい。


 俺はあきらの事が大好きだ。

 これからも一緒に居るものだと疑ってもいなかった。

 だけど、交際をする気はないというのも事実であり、そのことをしっかり伝える必要がある。


 姫希に言われた通り、付き合ってみるのもありだったかもしれない。

 違う関係性でいるうちに見えてくるモノもあるだろうし、俺があきらの事を異性として好きになる日だって来るかもしれない。

 しかし、それは他の問題に目を向けなかった時の話だ。


 俺には好意を寄せてくれている女子が、あきらの他に二人もいる。

 すずと凛子先輩の二人の事も考えなければならない。

 俺は、あきらとの交際生活なんかよりも、女子バスケ部として七人で一緒に頑張っていく方が良い。


「話をするしかないんだ」


 学校に来くることもできていないあきらに伝えるのは追い打ちになるかもしれない。

 自意識過剰でキモいのは承知だが、あきらにとって俺が大きな存在であることも理解しているからな。



 水曜の帰宅後、俺は隣の家のインターホンを鳴らした。

 おばさんとおじさんの車はないし、恐らく中にはあきらが一人。

 というわけで案の定、最近聞いていなかった声がマイク越しに聞こえる。


『はい?』

「俺だよ」

『……っ』


 息をのむ音がした後、待っていると扉が開いた。

 中にいたのは三日ぶりに見る幼馴染の姿である。

 頬っぺたに跡が付いているし、寝ていたのかもしれない。


「おはよう」

「……どうしたの?」

「三日も寝込んでるって噂の部員が気になって」

「……あはは。あがって」


 初っ端から本題を叩きつけるのは悪手だと思ったため逸らすと、あきらは苦笑して家に入れてくれた。

 拒絶されなくてよかった。


 そのままあきらの部屋に通されて、いつものように椅子に座る。

 あきらはベッドに座りつつ、俺の方を全く見ずに口を開いた。


「……最近部活はどう?」

「月曜は休み、火曜はシュート練習をして、今日もまた休みだ」

「なんで!? 週末試合じゃん!」

「……」

「……ごめん。私のせいなのに。四人じゃ調整練習なんてできないよね。ごめん、ごめん」

「誰も気にしてねーよ。だからお前も謝るな。みんながみんなのフォローをするだけだ。それがチームだろ?」

「……」


 あきらは下を向いて何も言わなくなってしまった。

 まぁ、責任を感じるなという方が無理だろう。

 直近の練習試合でも、自分が足を引っ張っていたと思ってるだろうし、タイミングも悪い。


「あきら」

「……うん」

「ごめん。付き合ったりとかは無理だ」

「っ!」


 引き延ばしても仕方がないので伝えると、すぐにあきらは泣き始めてしまった。

 ぽたぽたと音を立てながら、あきらの膝が濡れていく。

 予想はしていたが、胸がちぎれそうに痛んだ。

 だけど、言わなければならない。


「あきらの事は家族としか思えない。だから異性として交際はできない」

「……わかってたもん」

「あぁ」


 涙を流しながら、充血した目を向けるあきら。

 彼女は歪な笑みを浮かべながら言った。


「気持ち悪いよね、私」

「……そんなわけないだろ」

「だって! 家族同然の柊喜に変な事想像して、勝手に好きになって、キモいじゃん! 空気読めてないし、サイテーだし、私なんか――」

「やめろよ」

「っ!」


 自分でもびっくりするくらい低い声が出た。

 こいつは勘違いをしている。


「恋って、そういうもんだろ。いいじゃねえか別に。勝手に妄想して好きになって、空気読めなくて当たり前だろ」

「……」

「それだけ本気で好きになれるって、凄い事だと思う。いや、俺に対する気持ちだから自分で言うと変な感じだけど、自分を責めるようなことはするなよ」

「……もう、やだ」


 恐らく、あきらは誰かを好きになったりしたことがなかったのだろう。

 だから初めての感情に動揺しているだけだ。


 恋愛なんてそんなもんである。


「好きになったのが、柊喜でよかった」

「ッ!」


 どういう感情なのかわからない顔で言われて言葉を失った。


「……もう幼馴染に戻れないね」

「……そうかもな」


 これまで通りの生活はできないだろう。

 二人で俺の家で夜一緒にご飯を食べて、たまに二人で泊まったり、それこそ同じベッドで寝たり。

 絶対に無理だ。


 正直、俺も意識してしまう。

 だって現に今、俺はずっとドキドキしている。

 玄関であきらの顔を見て以来、『こんなに可愛かったっけ?』と謎の動揺をしてしまった。


 もう、男女なのだ。


「……ねぇ柊喜」

「何?」

「今好きな子いる?」


 前にもされた質問を受けて、俺は正面から答える。


「いないよ」

「……じゃあ私がその好きな子になれる可能性ってある?」

「……」


 ビクビクしながら聞いているのが丸分かりな態度に、俺は悩んだ。


 最近考えていたことだ。

 告白を断る際に、優しさを見せるのは良くないと思う。

 あきらに嫌われるのは死ぬほど嫌だが、付き合う気がないんなら仕方がないと割り切るしかない。

 変に希望を持たせてしまうのが一番悪いと思うから。


 だけど、こうして質問されると困る。

 今後、俺があきらを好きになる可能性なんてわからない。

 今だって内心あきらの事を女子として見てしまっているし、この先俺の気持ちがどう変化するかなんてわからない。

 月曜に姫希が言っていた通り、気持ちは変わるんだから。


 と、悩んで黙っていると、俺の肯定を是と受け取ったのか、あきらは微笑んだ。


「ずっと好きでいていい?」

「……それはお前が決める事だろ」

「あはは。うん、そうだねっ。柊喜、好きだよ。大好き」

「……」


 辛い。

 以前のように軽く流すこともできないし、だからといって俺もだよと返すわけにもいかない。

 明らかに二人の好きの意味合いが違うんだから。


「明日から学校行く。部活も行く。そしてみんなに話すんだ、私が柊喜に告白したって事を」

「そうか」

「あ、ごめん。勝手に姫希には話しちゃった……」

「それなら俺も謝らないといけない。月曜の放課後に姫希と少し話したから」

「あ、それで……」

「え?」

「ううん! なんでもないっ」


 首を振った彼女は袖で涙を拭った。

 だけど、鼻水が出ていたのか、糸を引いてべちょっと汚れてしまう。


「……やだ。恥ずかしいよ」

「ほら、ティッシュ」

「……私、フラれちゃったんだね」


 ティッシュを渡すと、あきらは消え入るような声で言った。

 だけど、その顔は先程よりも少しスッキリしている。

 明日から学校に来れそうな顔には戻っていた。


 こうして俺はあきらをフった。




 ◇


【あとがき】


 章入りからヘビーな話をすみません。

 ネガティブな意味ではなく、あきらがヒロイン候補にランクアップしたと捉えていただけると助かります。

 フラれたのはあくまで現状の話なので、あきら推しの方も去らないでください……。(あきらと最終的に結ばれる保証もありませんが)

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