第131話 頼って

 俺達が遠征やなんやと忙しくしている間も、学校生活は変わらず続く。

 帰ってきた翌日から早速授業日はなかなかしんどかったが、仕方がない事だ。

 これが部活生の宿命である。

 というか、俺なんかより実際にバスケをやっていた部員の方がきついだろうし。


 朝、自分の席に着いた後俺は机に突っ伏した。

 考えるのは夕べの事である。

 俺の幼馴染の件だ。


 一日経った今日でもまだ鮮明に記憶に残っている。

 目覚めた時に夢オチを願ったが、すぐにスマホを見て現実であると悟った。

 あきらから入っていた一件のメッセージが原因だ。


『少し距離を置きたい』


 この文章を見た時、胸にぽっかり穴が開いたような感覚になった。

 あきらとの付き合いは約十年になるが、その中でこんなことを言われたのは初めてだったからだ。

 ほぼ毎日のように顔を合わせていたからこそ、俺達の関係が確実に変わってしまったことが痛感できてしまう。


 だが、俺なんかよりあきらの方が辛いはずだ。

 告白をすれば元の関係に戻れないことは分かっているはず。

 それを理解した上での行動だった。


 ここ最近、告白されることが多かった。

 すずに続き、凛子先輩。

 そしてあきらだ。

 正直、今回の告白が俺としては一番ショックを受けている。

 全く想定していない死角だった。


「おはよ」

「……おはよう」

「なによ、ひっどい顔ね」

「……」


 隣の席の姫希は俺の顔を見てすぐに顔を顰める。


「今日あきら部活休むって」

「なんでお前が知ってるんだよ」

「連絡来たから」

「俺は聞いてないけど」

「言えるわけないでしょ」

「……」


 こいつ、もしかして知っているのか?

 目を見開くと、姫希は髪を弄りながら席に着いた。


「……少しだけど話は聞いてるわ」

「そっか」

「えぇ。君には休みの連絡も入れにくかったみたい。察してあげなさい」

「そう、だな」


 距離を置きたいと言われていたし、当然か。

 しかし、それにしても参ったな。

 俺達を待つ最初の公式戦である県の新人戦は今週末なのだ。

 このままあきらが部活に参加できないとなると、出場も不可能になる。


 せっかく練習試合で良い感じに仕上げたのに、無意味だ。


 頭を抱える俺に姫希は優しく言ってきた。


「ねぇ、今日は休みにしない? みんな多分まともに動けないわよ」

「それは確かに」

「どうせあきらも来れないんだし、仕方ないわ。っていうかあたしも今日は休みたい気分ね」

「……他のみんなもそうだよな」

「そうと決まれば連絡しに行くわよ。ほら」

「あぁ」


 姫希に強引に立たせられて、俺達は部員達のクラスを回ることになった。



 ◇



「ん、わかった。今日は家で寝る」

「悪いな」

「ううん。それよりしゅうき、大丈夫?」

「え?」

「顔色凄く悪い。声もしょんぼりしてる」

「……昨日まで練習試合だったからな」


 まず最初に報告に行ったすずに言われ、俺は苦しい言い訳をした。

 反応を見る限りすずは事情を知らなそうだし、俺が余計な事を言うのは良くないだろう。

 すずは違和感に気付いた様子で訝し気に俺をじろじろ見たが、詮索はしてこなかった。

 ありがたい。


「そう言えば、あたしのバッグにあんたの下着が入ってたわ」

「洗ってくれた?」

「一応……」

「一枚パンツなかったから柊喜に盗られたのかと思ってた」

「人聞きが悪すぎるだろ」


 っていうかパンツかよ。

 てっきり上の方かと思っていたのに、どうやったらパンツを失くすんだ一体。

 汗をかくから履き替えるのはまだわかるが、流石にパンツの管理くらいしっかりして欲しいものだ。

 なんて、よくノーパンでいる奴に言っても無駄か。


「しゅうき」

「ん?」

「困ったら相談してね」

「おう。ありがとう」


 すずは優しいな。

 だがしかし、だからこそ絶対すずには言えない。

 ここまで言ってもらって胸は痛いが、あきらの件をすずに相談するわけにはいかないんだ。

 先日のすずのショックそうな反応を見たらそのくらいはわかる。



 ◇



「了解です! ケアも部活の内ですからね」

「僕も筋肉痛が酷くって、休もうと思ってたんだよね。助かるよ」

「大丈夫っすか?」

「ちょっと飛んだり走ったりし過ぎたかも」


 続いて向かったのは二年生のクラスだ。

 三人とも同じクラスだから一気に連絡ができて楽である。


「試合のデータまとめたノートあるんだけど、千沙山君に送っておこうか?」

「助かります」

「わかった。後で体育の時に取りに行くね~」


 選手ばかりに注目しているが、マネージャーの働きも結構な量だ。

 朝野先輩にはかなり支えられている。


「それにしても千沙山くん、目の下のクマが凄いですよ? ちゃんと寝ましたか?」

「え、まぁ……それなりに」

「心配です」


 自分より身長が四、五十センチくらい低い先輩に言われて苦笑が漏れた。

 というか、先輩のクラスにいるわけで、結構視線が集まっている。

 恥ずかしい。


「僕達先輩だし、何でも相談してよ。まぁロクな事は言えないかもだけど」

「気軽に言ってね」


 いつも俺が言っているような事を凛子先輩に言われた。

 俺は幸せ者だな。

 こんな美人の先輩たちに気にかけてもらえるなんて。

 だけど、すず同様に凛子先輩にも言うわけにはいかない。

 これは部活というより、幼馴染間の問題だ。


「なんかあったら頼ります」


 とりあえずそう甘えると、俺は教室を出る。


「……ほらね、みんな気付いたじゃない」

「後で鏡見てくるわ」

「寝れてないの?」

「……」


 いつもより寝るまでに時間はかかったが、一応三時間くらいは睡眠をとった。

 しかし、疲れは全く取れなかった。


 寝れなかったのはあきらとの事を考えていたから。

 そしてもう一つ、物凄く脳が興奮していたから。


 あきらの体がずっと脳裏から離れなくて、有り体に言うとずっとムラムラしていた。

 幼馴染に興奮している自分に自己嫌悪しながら、だけど消えない感情にイライラもしていた。

 実のところ、俺もしばらくあきらには会いたくない。


「ねぇ、今日の放課後暇よね?」

「そりゃまぁ」

「一緒にご飯行かない?」

「……はぁ?」


 こいつは何を言ってるんだ?


「な、何よ。そんなに変かしら」

「変だよ。っていうか凹んでる人間に飯奢らせるとか、お前凄いな」

「失礼ね! 流石に今日はあたしが出すわよ。……ちょっと話聞いてあげようかなって思って」

「……ごめん」

「いいわよ。あたしも散々お世話になってるし」


 初めて奢ると言ってくれた姫希に驚く半面、俺は踏みとどまる。

 俺はあきらが姫希にどこまで話したのかを知らない。

 だから、相談するにもできないのだ。

 それに、こんなことを同じ部活の人間に話すのも気が引ける。


 と、俺の葛藤を察したのか姫希は笑った。


「別に何も言わなくていいわよ。ただ、一人でいてもしんどいでしょ? どうせあきらは夕飯作りに来てくれないんだし」

「そうだな」

「ってことだから。たまには頼って」

「お、おう」


 俺はただ頷くことしかできなかった。

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