第130話 何もわからない

 あきらとは家族同然に育ってきた。

 ずっと隣の家に住んでいたが、絡み出したのは同じ幼稚園に通いだしたことがきっかけ。

 そんなわけで、その頃から一緒に居た。

 好きな人は?なんて聞かれたら、二人でニコニコしながらお互いの名前を出すような間柄。


 関係が変わったのは小学校低学年の頃。

 うちの両親が離婚し、俺は父親に引き取られた。

 だがしかし、父親と言っても名ばかりで、親子や家族としてのコミュニケーションをとる相手は事実上消えた。

 そこで支えになったのがあきらだ。


 沢見家のおばさんおじさんが俺の事を実の息子のように扱ってくれたこともあるが、その時に俺とあきらは家族になったんだと思う。

 そこからは本当にずっと一緒に居た。

 大きな喧嘩をすることもなく、二人で育った。

 ずっと家族だと思っていた。

 だけど、それは俺だけだったんだ。

 あきらは違った。


「柊喜は私の事好き?」

「……好きだよ」

「っ! ……えっちとかしたいって思う?」

「……思わない」

「そっか、そうだよね。ごめん、ごめん……」


 俺の返答に顔を覆い、泣き出してしまったあきら。

 勿論姿は変わらず全裸だ。

 どうしていいのかわからず、俺はそんな彼女を見つめる事しかできない。

 だけど、見ているとどうしてもぼーっとしてしまう。

 ……興奮してしまう。

 そんな自分が物凄き気持ち悪くて、嫌になった。


「……私、ずっと柊喜と一緒に居たかった」

「あぁ」

「だから、バスケ始めたら一緒に居れるかなって……。話も合わせられるし、時間も合うし、私にもっと興味持ってくれるかなって」

「そっか」


 バスケなんかしなくてもずっと一緒に居るつもりだった。

 あきらに興味もある。

 だけど多分、俺の言う”一緒”や”興味”はあきらの求めるモノじゃない。

 その気持ちの差が、現状だ。


「……迷惑、だよね」

「……そんなわけないだろ。凄く、嬉しいよ」


 嘘じゃない。

 こんなになるまで想ってくれているなんて知って、迷惑だなんて思う奴はいないだろう。

 そもそも俺はあきらの事が大好きだ。

 めちゃくちゃ戸惑っているのは事実だが、それだけである。


「私、馬鹿だ。ほんとに……ばかだよぉ」

「……」

「……否定しないのが柊喜らしい」

「いや、ちが」

「いいんだよ。私、柊喜のそういう所が大好きなんだから」

「……」


 あきらから好きだと言われるのは慣れているが、今日のは全くの別物だ。

 本人が込めている意味合いも普段とは違うだろうし。


 お互い黙って気まずい時間が少し流れた。


 あきらは涙を拭って顔を上げる。

 その顔を見て俺は心臓が止まるかと思った。


「何その顔。って今の私が言えないか」

「……風邪ひくぞ」

「……湯冷めしちゃうかもね」

「今なんか服持ってくるから待ってろ」

「……抱きしめてくれないの?」

「……」


 真っ赤な瞳、涙と鼻水でびちょびちょな顔、上気した頬。

 そして言わずもがな、きめ細かくて、柔らかそうな白い肌。

 裸のこんな女の子を抱きしめろって?

 できるわけないだろ。


「昨日はしてくれたのに。……やっぱり私の事は異性としてこれっぽっちも意識してなかったんだね」

「……」

「でも良いんだ。これで柊喜、やっと私の事見てくれた……うぅ」


 言っていて急に恥ずかしくなったのか、縮こまって体を隠したあきら。

 その仕草に何故かグッときた。

 こいつの一挙手一投足で心が乱れている自分が嫌いだ。


「とりあえずこれ着ろよ」


 ジャージを脱いで渡すと、あきらはそれを上から羽織る。

 そのまま無言で俯いた。


 何を言う事も出来ず、また、これ以上変な気分になりたくもなかったから、俺はただ目を逸らす。



 ◇



「帰るね」


 しばらく経った後、あきらはそう言って立ち上がった。

 脱衣所へ戻り、先程まで着ていた服を着直す。

 そしてそのまま、俺に何も言わずに家を出て行った。

 空いた窓の外から、隣の家の扉の音が聞こえる。


「……マジか」


 ソファにかけられたジャージを見ながら、俺はとてつもない喪失感を味わっていた。

 まさか、あのあきらが俺にそんな感情を抱いてくれていたとは。

 嬉しさよりも戸惑いの方が強く、自分でもどうしていいのかわからない。


 どうすればいいんだろう。


 付き合ってくれと言われたわけでもない。

 そもそも、あいつの口ぶり的には結婚してくれと言われたくらいの迫力があった。

 適当な返事なんか絶対にできない。

 今後、どう関わっていけばいいんだろう。

 それを考えると、途方もない絶望感に襲われる。


 しかし、そんな事を考えつつ。

 俺の脳裏には、鮮明に焼き付いてしまっていた。

 彼女の――関係性の贔屓目を差し引いても美少女と言い切れるあきらの体が、頭から離れない。

 どうしても、ふとあきらのおっぱいが頭をよぎるのだ。

 その度に自己嫌悪と、不快な興奮が身を襲う。

 最悪だ。


「俺はあいつのこと、どう思ってるんだよ……」


 もう、何も分からない。

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