第128話 最高の締めくくり

 最高の締めくくりだ。

 宣言以上の結果で倒せたし、ちゃんと謝罪もしてもらえたし、言う事はない。

 はっきり言って俺のテンションは爆上がりだった。

 なんならスキップし始めそうな勢い。

 そのくらいには舞い上がっていた。


 しかし、ベンチに座っていた唯葉先輩は真顔で言う。


「あともう一試合です。勝ちましょう」

「そうですね」

「はい!」


 喜ぶのはまだ早かったか。


 よく見ると喜んでいたのは俺だけで、他の部員はみんな真面目な顔をしている。

 いや違う。

 凛子先輩だけ若干口角が上がっている。

 喜びを隠しきれてない。


 見ていると、不意に目が合った。


「あはは。僕、ちょっと気が抜けてたよ」

「もう! まだ終わってませんよ!」

「いやいや、目の前のコーチの顔見なよ。僕より酷いけど」

「うわ、なんで君そんなにニヤニヤしてんのよ。キモいわね」

「悪かったな!」


 普通に姫希にドン引きされて、猛烈に恥ずかしくなった。

 そこまで言う事ねえだろ。


「し、仕方ないだろ。嬉しかったんだから」

「それは……そうですね」

「まぁ、あたしも正直さっきはスッキリしたわ」

「私もちょっと満足しちゃってるかも」

「僕なんて実はさっきの試合の後半から嬉しすぎて泣きそうだったよ」

「しゅうきの顔がふにゃふにゃでずっと面白かった」

「……」


 すずに見られていたことを知り、咄嗟に顔を背ける。

 マジで恥ずかしい。


 しかしまぁ、なんだ。

 このくらいの雰囲気で良い気もする。


「勝ちに行くぞ。ただ、怪我したら元も子もない」

「そうだね」


 俺の足を見ながら頷くあきら。

 やはり実際に怪我をしてダメになった人間を見てきた奴は、人一倍怪我の恐ろしさが分かっているだろう。

 うちの部員には楽しんでバスケをしてもらいたい。

 部活は勝つのも大事だが、楽しくなくなったら終わりだ。


「それでは、楽しんでいきましょう」


 心から出た唯葉先輩の言葉に全員で頷きながら、俺達は最後の試合を迎えた。



 ◇



「うわー、惜しかったね」


 帰りの際、バスに乗り込んであきらが言うと、全員が苦笑を漏らす。

 最後の試合は接戦だったが、僅かに一歩届かなかった。

 だが正直悔しいという感情よりも、ここまで戦えるようになった事への満足感の方が強い。

 そう思っているのは俺だけではないだろう。

 だからこんな穏やかな雰囲気なのだ。


「とりあえず大成功だったし、このまま打ち上げでもするか?」


 いつもなら俺からはしない提案をしてみる。

 すると全員が驚いたような顔を向けてきた。


「しゅうき、変なモノ食べた?」

「失礼だな」

「だって変よ。いつもの君ならあたし達が提案しても『いや、今日は疲れたから帰って寝る。全く騒がしい奴らだ』とか言うでしょ?」

「あー、僕も今目に浮かんだ」


 人がせっかく乗り気で提案したら何なんだ一体。

 ふざけやがって。


「まぁでも、わたしは今日は疲れたので……」

「確かに。僕もそんな気分じゃないかも」

「ふわぁ……。眠いものね」

「じゃあ無しにするか」


 確かにそれもそうか。

 俺はベンチで偉そうに口を動かしていただけだが、こいつらはコートを走り回ってるんだもんな。

 それも二日連続、交代なし、数か月ぶりの試合というハンデ付きで。

 そりゃ休みたいに決まっている。


 そんなこんなで打ち上げは無しになった。

 あれなら後日やればいい。


 なんにせよ、収穫だらけの練習試合だった。

 なんだかんだで、実は新人戦は来週末なのだ。

 ギリギリだが、最後に良い調整ができたと思う。


 帰りという事で、ようやく一人席に座れた俺は思いっきり羽を伸ばして休めた。

 横にベタベタしてくる奴がいると、思うように動けないのだ。

 しかし、すずはどういう心境の変化なんだろう。

 いつもなら腕を引っ張ってでも隣に座らせようなもんなのに、何故か何も言わずに一人で座った。

 楽だが少し気になる。


 と、そこで思い出した。

 そう言えば試合前、あきらがバスケを始めた理由について聞いていたんだった。

 試合に勝ったら教えてくれると言って、実際に勝ったが、まだ教えてもらっていない。


 聞こうとして通路向かいにいるあきらを見ると、彼女は困ったように俺を見ていた。

 視線のサインでようやく気付く。

 既に俺達以外眠っていた。

 疲労がたまっているだろうし、当然か。


「あきら」

「どしたの?」

「さっきの話なんだったんだ?」


 小声で尋ねると、あきらは俯いた後、こそっと言ってくる。


「……後でいいかな?」

「え、あぁ」


 別にいつでもいいんだが、何かあるのだろうか。

 とりあえず今はみんな寝ているし、あきらの隣で寝ている姫希もいる。

 二人で話した方が迷惑にはならないよな。


 しかし、一体なんなんだろう。

 引き延ばされると気になってくる。

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