第122話 負けないから

「柊喜クンはあきらの気持ちを知ってるの?」

「ううん。言ってないから」


 本当はみんなにも言うつもりなんてなかった。

 この想いは自分の胸の内だけに秘めて、そのまま墓場まで持っていきたかった。

 だけど、すずにあんなことを言われてつい感情的になってしまった。


 私の返答に困ったような顔をする姫希。

 と、唯葉ちゃんに諭されていたすずが立ち上がった。


「ごめんなさい。すずが悪かった」

「いや、そんな……」


 最初にズルい事をしたのは私だ。

 その事実は変わらない。

 だから、こんな風に謝られるのは不本意。


「心配しなくても柊喜は私の事なんてなんとも思ってないよ。気にしないで」


 あいつにとって私は唯一の家族。

 そう思われているのは嬉しい。

 だけど、やっぱり私はそれ以上の関係性を求めちゃってる。


「っていうか、柊喜クンへの気持ちはずっと否定してたのにね」

「私も自覚したのは最近だもん。ずっと柊喜の事は幼馴染としか思ってなかった」

「……」

「でも、気付いたら大好きになってて。……他の子に取られるの、嫌で。絶対、ぜったい私がいいって。一生そばに居たいんだもん……っ」


 言っていて涙があふれてきた。

 最低だ私。

 何言ってんだろ。


 無様に泣きじゃくる私の肩に、そっと誰かの手が置かれた。

 涙でぐちゃぐちゃな視界で正体を探ると、意外な子だった。


「……さっきは嫌な事言ってごめん」

「いいよ。……すずは悪くない」

「すず、自分のことしか考えてなかった。でもやっぱり、すずはチームのみんなが好き。あきらの事も好き」

「……っ」

「でも応援もしない」


 きっぱり言い切ったすずの顔はスッキリしていた。

 眼は赤いけど、不貞腐れていたさっきとは全然違う。


「これは勝負。どっちがしゅうきを落とすか」

「……」

「絶対負けないから」


 いわゆる恋のライバルって奴か。

 あまりにも俗な言い回しに我ながら噴き出す。


「なんでこんなことになっちゃったかな。いつの間に柊喜もモテ男になったんだろ」


 優しくて、ずっと自慢の幼馴染だった。

 だけどその魅力を知っているのは私だけで。

 独占的な気分が優越感を煽っていたんだ。


 未来ちゃんと付き合っていた時も、正直彼女から柊喜への愛はあんまり感じなかったし、だからこそ特に何の嫉妬も沸かなかったんだと思う。


 でも部活を始めて状況が変わった。

 柊喜の良さにみんなが気づくようになった。

 だから今の状況も当然で、むしろ誇らしいくらいだ。


 柊喜を部活に招いたことを後悔なんてしてない。


「あきらは、柊喜君に気持ちを伝えるの?」


 凛子ちゃんに聞かれて考えた。

 今までは言うつもりなんて毛頭なかった。

 だけど、このままじゃいつまで経っても私と柊喜の距離は縮まらない。

 あいつにとっての私は家族同然に育ってきた幼馴染でしかないんだから。


 それに、ライバルのすずにも悪い。

 私が自分の感情を殺して柊喜に近づくのはフェアじゃない。

 今日みたいに、絶対にまたトラブルになる。

 もう柊喜を騙してズルい事はしたくない。


「近いうちに言おうと思ってます」

「……そっか」


 目を逸らしながら言う凛子ちゃん。


 続いて唯葉ちゃんがはぁと大きくため息を吐きながら苦笑する。


「それは緊張しますね……。青春って感じです!」


 その言葉に一気に雰囲気が緩くなった。

 全員の顔にぎこちなくだけれど笑みが生まれた。


「最悪ですよ、こんな青春」

「えー、姫希はどうなの? 柊喜と夜に二人っきりで指導ばっかりしてもらってるし」

「そうだ。姫希ズルい」

「あんた達は何なのよ! っていうか、あたしはそんなんじゃないわ……。まだ恋愛とか、よくわかんないの」


 顔を赤くしながら黙る姫希。

 こっちも要注意だ。

 すずにだけ気を取られていると、姫希に横から取られそう。

 注意するところがいっぱいだよ。


「私、これからは本気で女の子だって意識させられるように頑張ろうと思うから」

「ん。すずももっとみんなのこと考えながら頑張る」

「だからまずは」

「次の試合であいつらボコボコに潰す」

「そうだねっ」


 すずと手を握り合い、誓う。

 やっぱり今は部活だ。

 とりあえず、あの女の子達にやり返すのが先だもん。


 そんな話に安心したように笑う唯葉ちゃんと姫希。

 みんなには迷惑をかけたし、試合の内容で恩返ししたい。


「……」


 そんな中、凛子ちゃんは一人明後日の方向を見ながら、口を閉ざしていた。

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