第121話 選ばれる保証なんてない

 ※あきらの視点です。


 ◇


 ギスギスした状態で午前最後の試合をこなした。

 戦況は先程とは異なって、全く勝負にすらならなかった。

 というか、過去一で酷かった。


「最悪です」


 控室で一言、声が響く。

 珍しく低い声で言ったのはキャプテンの唯葉ちゃんだ。

 彼女は部屋を見渡すとため息を吐く。


「なんですか今の。全く連携が取れてないし、シュートも入らないし、声掛けもない」


 現在、控室に柊喜はいない。

 みんな汗を拭いたりしながら、インナー姿で座り込んでいる。


 そんな中で唯葉先輩は一人に視線を向けた。


「すず。なんですかさっきの試合は」

「……」

「やる気がないんなら帰ってもらって結構です」

「ちょ、ちょっと唯葉。それは……」

「何か?」


 唯葉ちゃんが怒りの矛先を向けていたのはすずだ。

 というのも、確かにさっきの試合でのすずの動きは最悪だった。


 諦めたように走るのを途中でやめたり、リバウンド争いに参加せずに一人で自陣に帰ったり。

 要するにやる気が一切感じられなかった。

 現に今も唯葉ちゃんの言葉なんて耳に入っていない様子で、下を向いて黙っている。


 原因は明白だ。

 私と柊喜の話を聞いてショックを受けたから。

 だからこそ、私は何も言えない。

 口を出す資格もない。


 すずの柊喜への気持ちを知った上で、私は昨日彼に甘えた。

 あいつは幼馴染がどうとか言っていたし、私の事なんて眼中にもないんだと思う。

 だけど私は違う。

 本当に異性として好きだからハグまでしたんだ。

 あの時は本当に幸せだったし、ついぎゅっと強めに抱きしめてしまった。

 すずに話せることなんて何もない。


「そんなにあきらと千沙山くんの関係が嫌ですか?」

「……やだ」

「それで傷ついたから、チームに迷惑をかけてもいいって? わたしたちの努力してきたモノはもうどうでもいいんですか?」

「だって……!」

「千沙山くん、見たこともないくらい苦しそうな顔してましたよ。彼の事が本当に好きなら、あんな顔をさせるのはダメでしょう?」


 すずが部活に復帰したのも、部活に顔を出すようになったのも、全部柊喜との仲を深めたかったから。

 こういう反応になるのも無理はない。

 諭すように言う唯葉ちゃんに、すずはゆっくり口を開く。


「……あきら、ずるいよ。すずもしゅうきの幼馴染になりたかった」

「っ!」


 その通りだと思う。

 私は幼馴染っていう関係を利用して、本来踏み込めない柊喜の領域にまで易々と侵入している。

 すずにはできないことだ。

 同じ状況だったとして、柊喜がすずとハグしたかはわからない。


 だけど、それだけじゃない。

 幼馴染って、良い事だけじゃない。


「……女の子として意識してもらえないこの関係が、本当に羨ましい?」

「どういう意味?」

「私は確かに柊喜と手を繋いだりハグしたり、同じ部屋とかベッドで寝る事だってできる。でもそれは……可能性がないってことの裏返しなんだよっ!」

「ちょっとあきら……」


 凛子ちゃんが首を振って見せたのを見て、少し冷静になった。

 あれ、今私なんて言ったっけ。


「あきら、さっきから聞きたかった事があるの。あんた、柊喜クンのことが……好きなの?」


 恐る恐る聞いてきた姫希。

 それに伴って全員の視線が一気に私に集まる。


 私は深呼吸して、姫希に真っ直ぐ言った。


「大好き。もう、自分でも意味が分かんないくらい好き」

「ッ!? ……一応聞いておくけれど、それは幼馴染として家族としてって意味じゃ――」

「違う。普通に男の子として、意識してる」


 堂々と言い放った私にすずが絶句したように目を見開く。


「話が違う」

「でも柊喜は私の事をなんとも思ってない」

「なんでよ! なんとも思ってない子とハグなんてするわけないもん!」

「すず」

「酷いよ。だってしゅうき、すずのお願いはずっと断ってたのに……。そんなの……」

「すず!」


 再び蹲るすずに声をかけたのは唯葉ちゃんだった。


「前提がおかしいですよ。まず、何で自分が選ばれる気満々なんですか」

「……え?」


 涙目のすずを見ていると心がきゅっとなる。


「自分が選ばれる保証なんて最初からないはずです。それが分かっていながら恋愛をして、いざ自分が選ばれなかったらチームの雰囲気を壊すような言動ですか? おかしいです。わたしたちの絆ってその程度ですか? しかも今回はそういうのじゃないって考えたらわかりますよね?」

「……」

「すずちゃんは可愛くて良い子です。でもこんなの勿体ないです」

「……」


 そっと寄り添い、すずの頭を撫でる唯葉ちゃん。

 私はそんな二人から目を逸らした。

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