第120話 痴情の縺れ

 最悪の雰囲気が漂う。

 誰も一言も話さないし、じっと一人の女子を見つめているだけ。


「えっと……」


 無言の視線に耐えられず、口を開こうとするが、すぐにまた黙るあきら。

 まさかの事態だし、頭が追い付いていないのは俺達も同様だ。


 昨日の夕方、俺達は確かに手を繋いだりハグしたりした。

 だけど、そこにやましい感情はない。

 幼馴染として、家族としての慰めでしかなかった。

 ただ、一般的に高校生の男女がベタベタ触れ合うというのは異常な事だ。

 それこそ言われた通り、付き合っていると誤解されてもおかしくない。


 それがわかっているからこそ、俺とあきらは昨日の出来事を二人だけの秘密と言った。

 口外することを避けたのである。


「本当なの?」


 聞いたのはすずだった。

 若干期待を含んだ視線をあきらに向ける。

 しかし、彼女の望んだ答えは返ってこない。


「……うん」

「……意味が分からない」


 またも表情を失い、首を振るすず。

 いつも表情に乏しい奴だが、ここまで無機質な顔を見るのは初めてだ。


「え、えっと。二人は付き合って――」

「ないです」


 戸惑ったように聞いてくる唯葉先輩に食い気味で答えた。

 否定するところは否定しておかなければならない。


「前から言っていたものね。家族だからハグするのは普通だとか。幼馴染ってそういう関係なんでしょう? ……あたしは知らないけれど」


 怪訝そうにあきらを見ながら言う姫希。

 全く納得したようには見えない。


「まぁ、僕はそんな事だろうとは思ってたけど」


 他の三人に比べて、凛子先輩は大したショックを受けた様子がなかった。

 昨日ホテルで俺に色々聞いてきていたし、察していたのかもしれない。


「ホントに、そういうのじゃ……ないから」


 消え入りそうな声で言うあきらは今にも泣きそうだった。

 当たり前だよな。

 訳の分からない勘違いで空気感がめちゃくちゃになっているのだ。

 俺相手にそんな感情を抱くはずなんてないのに。

 だけど俺達の関係性を知らない人には伝わらない。


「……ちょっとトイレ行く」

「すずっ」

「……一人にさせて」


 去って行くすずに、あきらは何も言えずに立ちつくす。


 五人になり、さらに気まずい空気が流れた。


「俺、話してきます。本当にそういうのじゃないんだって」


 ショックを受けたすずに話ができるのは俺だけだ。

 ちゃんと話せばわかってもらえる。

 そして説明をする責任もあるはずだ。

 不用意過ぎたのである。


 しかし。


「柊喜君が行くとややこしくなるよ」

「そんな……」

「なんて言うの? あきらは幼馴染で家族みたいなもんだから別だって言うの? それで納得すると思ってる?」

「……」

「事実として、君はあきらの事を何とも思ってないんだと思うよ。だけど、それとすずがハグを許容できるかどうかは別でしょ。だって二人は本当の家族じゃないんだから。羨ましいって思っちゃうのが普通」


 思えば昨日もそうだった。

 間接キスくらいで真っ赤になる奴だ。

 ハグだってすずには特別だろう。

 そして、あいつは俺の事を好いてくれているわけで。


「ふん。まぁそんな事はどうでもいいけど、この状況は最悪ね」


 姫希の言わんとすることも分かる。

 練習試合最終日に今の雰囲気はヤバい。


 痴情の縺れで部員同士の関係性が壊れるという、俺がずっと危惧していたことが起きている。


「悪いのはすず。柊喜クンは幼馴染としてもコーチとしても当然のことをしただけよ。実際にうちの戦況は良くなったし。一々あいつが反応し過ぎなの」

「姫希、それは……」

「ただ、あんたには聞きたいことがあるわ。わかってるわよね」

「……」


 あきらに姫希が言っている間、凛子先輩がこそっと話しかけてくる。


「責任感じてるとは思うけど、姫希の言う通り柊喜君のせいじゃない。僕たちが自分たちで話し合うことだよ。柊喜君は次こそあの人たちに勝てるよう、作戦でも練っててよ」

「……はい」


 先輩の言う通り、俺が口を出せば出すほど良くない方向に向かうだろう。

 だけど、もどかしい。


 控室に戻っていく彼女らの背中を眺めながら、自身の無力さを感じた。

 俺は昨日、どうすればよかったんだろう。

 やはり部活内恋愛なんて、上手くいく気がしない。

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