第119話 彼氏と一緒
そして二戦目を始めた。
うちのチームは連戦となるため、かなり抑えめにプレーするように指示した。
この辺は慎重にさせてもらう。
というわけなのだが……。
結果から言おう。
まぁまぁいい試合だった。
最終得点は24対29と負けてしまったが、そんな事はどうでもいい。
前日にあそこまでボコボコにされたチームを相手に、ここまで接戦できるようになったのは物凄い進歩だ。
接戦できた理由として考えられるのは二つ。
まずあきらのシュートが入るようになった事。
そしてもう一つ、先程の合同練習の成果だ。
数十分の練習だったが、それでも選手たちの意識は変わった。
というわけで、以前より動きが良くなったのである。
「勝ちたかった……」
試合後、例の通り控室で呟いているあきらの頭を俺はがしっと掴んだ。
「んあっ」
「次があるだろ。何落ち込んでんだよ」
「でも、あとちょっとだったじゃん」
「お前なぁ」
あとちょっとまでいけてる事が凄いんだよ。
呆れながら苦笑が漏れる。
意識が高いのは良いことだが、それで落ち込んでたら本末転倒だ。
「あきらのシュート確率は八分の六です。これで勝てないという事は、あとはわたしたちが頑張るべきです」
「あ、いや。その……」
唯葉先輩の言葉に決まり悪そうに俯くあきら。
チームスポーツというのは誰が活躍したかしていないか、という点に目を向けた瞬間、壊れ始める。
だけど、気にしないのも無理な話。
人間だからな。
「今の試合はみんな疲れてたし、仕方ないんだ。特に凛子先輩はずっと走る役目を担ってくれてるし、なかなかきついでしょう」
「……情けないけどもう足がパンパンだよ」
「気にしなくて大丈夫です。あとすずも腰が上がってきてるからパワープレイで負けてる」
「……ごめん」
「いやいいんだ。俺達は連戦だったし、交代もいない。その状態でこの戦いができたって事は、実質勝ちだ」
「それは流石に言い過ぎじゃないかしら」
ずっと目を閉じて休んでいた姫希が口を開く。
「あいつらには絶対勝ちたいわ。あたし、許してないんだから」
「姫希……」
昨日の女子トイレでの話だろう。
相変わらず仲間想いな奴だ。
姫希のこういうところって本当に美点だよな。
そして、あのチームに負けたくないのは俺も同じだ。
「次は絶対に勝ちに行く。さらに言うなら倍の点差をつけて倒したいところだ」
「ダブルスコアって事ですか? となると課題はディフェンスですね」
「ちょっと外で最後の調整をしましょう」
恐らく今から休んで万全で臨めば、このままでもギリギリ勝てるだろう。
だけどそれじゃ面白くない。
あきらのメンツもあるが、俺としても、選手を馬鹿にされた時にやり返すことすらできない無能コーチだと思われるのは不愉快だ。
◇
少し休憩した後で俺達は外に出る。
人が少ない駐輪場の辺りまでやって来ると、唯葉先輩がはにかんで見せた。
「でも驚きました。まさかここまでやれるようになるとは」
「本当だよね。流石柊喜君のコーチのおかげかな?」
「俺は何にもしてないですよ」
これは謙遜ではない。
特に試合に関してはロクな指示が出せているとは思えないし、本人たちが頑張っているだけだ。
コーチなんて結局は無力で、祈ることしかできないのである。
「次は流石にあきらのシュートが警戒されてくるだろうし、それを逆手に取りたいわね」
「その通りだ。姫希もチャンスがあれば攻めて良いんだぞ」
「あ、あたし?」
「ドリブルからレイアップする練習もしてるだろ?」
「あ、そうだったわ……」
入らないからスリーは打つなと言ってきたが、レイアップは別である。
「柊喜っ! 私はどうすればいい?」
「課題はディフェンスだな。もうちょっと腰を落として」
ももをグッと抑えてあきらのフォームを強制する。
若干汗が付くが、どうでもいい。
「この姿勢キツい……」
「だからこそ筋トレとか、日々の地味なトレーニングが大切になってくるんだ」
日頃の面白くないフィジカルトレーニングも、俺の嫌がらせでやらせているわけではないのである。
なんてやり取りをしている時だった。
俺達が話している脇を女子数人組が通る。
それは先ほど、俺達が戦ったチームの奴らだった。
「あれ、練習中? 頑張ってるね〜」
「っ!」
「別に身構えなくても嫌がらせしに来たわけじゃないよ」
強張るあきらに笑う他校の女子。
なるほど。
どうやらこの人が昨日あきらに悪口を言った人らしい。
俺と彼女の目が合った。
しかし、すぐに意味ありげに含み笑いを浮かべる女子。
どうしたんだろうと思っていると、彼女は口を開き、とんでもない事を言った。
「彼氏と一緒に練習とか、羨ましいわ~」
「えっ!?」
「あれ、違うの?」
急に訳の分からないことを言われた。
うちの四人の顔色が変わる。
そんな中、若干焦りながらもあきらは首を傾げた。
「な、何言ってるんですか?」
「だって昨日の夕方、二人でイチャイチャしてたじゃん」
「え?」
「手を繋いだり、ハグしたり」
「っ!」
見られていたらしい。
暗いあきらを慰めようと二人で散歩していたあの一連を。
人気の少ない場所を選んだのに。
「あれ? 言っちゃまずかった感じかな?」
彼女は辺りを見回しながらそう言った。
そこには、気まずそうに目を逸らす凛子先輩。
状況を理解できていない様子の唯葉先輩。
意表を突かれてあきらを見つめる姫希。
そして。
「……どういうこと」
いつも以上に無表情のすずがいた。
「あはは。じゃあね~」
逃げるように去って行く女子達の足音と、乾いた笑い声が虚しく響く。
すずのあきらへ向ける視線は、驚くほどに冷ややかだった。
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