第118話 合同練習

「怪我は本当に大変なんだぞ」

「わかってるけど、なんか聞き方がね~」

「そうよ。君って普段口悪いから、急に優しい事言われると気持ち悪いの」

「一番口が悪いのはお前だよ」


 毎度毎度、一言余計である。

 姫希は初めて部活に行った時からずっと口が悪い。


 なんて話していると、先程の対戦校の顧問の先生が歩いてくる。


「千沙山君、ちょっといいか?」

「どうしました?」

「もう一つの女子チームの到着が遅れたみたいで時間ができたんだ。良かったら合同練習練習でもと思ったんだが」

「なるほど」


 合同練習か。いいかもしれない。

 きょとんとしている五人を見る。

 こいつらは俺の我流の練習メニューしかこなしていないし、俺も新たなメニューを取り入れたいと思っていたところだ。

 それに、人数もいるので普段より練習の幅も広くなる。

 願ったり叶ったりだな。


「ぜひお願いします」

「わかった。じゃあ始めようか」


 そして、もう一つのチームの準備が済むまで合同練習が始まった。



 ◇



 合同練習は、ポジションごとのスキル練習から始まった。

 俺はとりあえず暇だったため、問題児の練習を見る事にした。


「一年の伊藤日葵いとうひまりです。よろしくお願いします」

「あ、あたしも一年生で伏山姫希です……。えっと」

「タメか。じゃあ普通でいいや」


 俺が真っ先に様子を見に来たのは姫希だ。

 彼女とペアになった伊藤さんは、マッシュっぽい短髪が似合う低身長の女子だった。

 伊藤さんは俺に目を向ける。

 それとほぼ同時に姫希が言ってきた。


「なんで来るのよ!」

「いや、ちゃんと仲良くできるかと思って」

「余計なお世話よ!」


 こいつは結構コミュ障だからな。

 その点においてはすずも心配だから、後で見に行こう。


 そんな俺を他所に、伊藤さんは少し笑いながら言った。


「まぁなんでもいっか。じゃあパスの練習しよう」


 伊藤さんの合図で二人は向かい合って練習を始めた。

 向こうは一年生ながらにスタメンの座をもぎ取っている上手な選手だ。

 同じガードのポジションだが、技術の差は明白。

 試合中もぼこぼこにされていたし。


 さっそくパスを変な場所に出してしまい、慌てる姫希。


「あ、ごめんなさい……」

「いいよ、ゆっくりやろう。姫希ちゃんドリブル上手だったよね」

「そ、そうかしら。伊藤さんの方が上手いわよ」

「ありがとう。日葵で良いよ。……ふわぁ」

「寝不足なの?」

「ちょっと肝試しとか……夜に遊んでたからさ」


 どこの学校も夜は遊んでいたみたいだ。

 そりゃそうか、高校生が夜に集まったら騒ぐよな。


「じゃあ頑張れよ」


 とりあえずそう言い残して俺はその場を後にした。

 保護者同然のコーチが近くに居たら、二人ともやり辛いだろうしな。



 そんなこんなでうちの部員が迷惑をかけていないかを見回った後、俺はベンチに座って一息つく。

 大してやることがないのだ。


 特に何も考えずに女子達の練習風景を見ていると、不意に肩を叩かれた。

 何事かと驚く俺に、笑いかけてくるのは佐原である。


「よぉ、元気か?」

「あぁ。そっちは顔色悪いな」

「夜中まで遊んでたから寝不足なんだよ。そのせいでスタメンからも降ろされたし」

「自業自得だ」

「おっとこれは手厳しい」


 くつくつと笑う彼だが、顔は相変わらず限界そうだ。

 一体何をしていたのやら。


「涼太は?」

「あー、あいつはトイレ。俺以上に体調悪そうだったぜ。ゆうべ彼女とはっちゃけてたのが原因だろうなぁ」

「は?」


 え、なにそれ。

 目が点になる俺に、佐原はにやりと笑う。


「ははっ! まぁはっちゃけるって言っても、そんな大胆な事はやってなさそうだぜ。同じ部屋で一緒に居たのは事実だが」

「……」


 それも十分だと思いながら、一方で先日の自分の事を思い出す。

 五人の女子が部屋にやってきたり、通路で先輩にハグされてドキドキしたり、女子二人の温もりと匂いが残ったベッドで寝たり。

 あんまり他人事じゃなかった。


「そういう千沙山はどうなんだよ。あの子達と何もなかったのか? キスしたりとか」

「あるわけがない。部屋に邪魔しに来たから追い返したくらいだ」

「お前さぁ……。楽しもうぜもっと」

「部活をしに来てるんだ。夜遅くまで遊んで体調崩すのは馬鹿がやることだろ」

「オレに言ってる?」


 さっと目を逸らすとげらげら笑って背中を叩かれた。

 こいつは楽しそうでいい。


「お前の言う通りだけどさ。でもまぁ、何事も気楽にやるくらいが丁度いいもんだろ。……っと呼ばれたわ。じゃあな千沙山。またなんかあったら話そうぜ」

「おう」


 自由な奴だ。

 キャプテンらしき人にほっつき歩くなと文句を言われても、知らん顔でヘラヘラしている。

 あの愛嬌があいつの長所だな。


 しかし、それに比べると俺は可愛げない。

 昔から避けられる事が多かった。

 もう少し笑顔を増やした方が良いかもしれない。

 なんて考えながら、少し笑顔を作っていると。


「一人でニヤニヤしてどうしました? 何かいいことありましたか?」

「……唯葉ちゃん」

「もうそろそろ試合できるそうですよ」

「そうっすか」


 平静を装って答えた後、俺は席を立って一人悶えた。

 あの純粋な目が余計応える。

 人に見られていたのがめちゃくちゃ恥ずかしい。

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