第117話 朝イチの試合
晴れ渡る空、涼しい風、美味しい空気。
自然を感じる体育館にて、二日目の練習試合が開始される。
午前八時二十分。
早くもアップを済ませ、ホカホカ補正が入った選手らを見て、俺は頷いた。
昨日あれだけふざけ回っていたが、スイッチのオンオフは完璧である。
皆ピリピリした雰囲気で俺を見てくる。
闘志を感じるいい目だ。
悪くない。
「作戦は昨日と同じだ。あきらのシュートを主軸に攻める」
「任せてよ」
「おう」
昨日あれだけのガバガバエイムを見せられた直後だし、普通はそんな彼女の言葉を信用なんてできないだろう。
だけど俺達は並のチームじゃない。
いつでも崖っぷちの、でこぼこの、ひたすらメンバー仲が良いチームである。
「全員で勝利を掴みましょう。勝負は勝ってこそ楽しいものです。頑張りますよ!」
円陣を組んで気合いを入れたあと、そのままコートに走って行く奴らの姿は、頼もしく見えた。
特に唯葉先輩。
いつもは一番緩くて子供っぽいのに、締める所は人一倍だ。
カッコいい。
そうして試合は始まった。
相手は前日の二回目に戦った方のチーム。
あきらと因縁がある方ではない。
こちらのチームの方が若干強かったが、果たして今日はどうなるか。
まず速攻であきらにパスが渡る。
しかし、相手のディフェンスが強くてシュートチャンスとはならない。
ここを唯葉先輩がカバーする。
すずとの連係プレーでフリーになったうちのキャプテンは、そのままパスを貰い、ミドルシュートを打った。
先制点である。
「やった! 凄い!」
横で朝野先輩が拍手をした。
確かに、自分たちの得点から試合が始まったのは初めてだし、かなり好調な滑り出しと言える。
だがしかし、敵も甘くはない。
すぐに一本二本と攻撃を成功させ、得点は逆転される。
リードを許したまま試合を続けるほど優しいチームではないのだ。
だから、後は起点である。
一つ突破口が開けば、流れが変わる。
そのために必要なのは、やはりあいつで。
俺の予想通りの展開になった。
2対12と点差が開いた中で、ついにあきらにパスが届く。
スリーポイントラインにフリーで立ったあきら。
紛う事なきチャンスだ。
彼女はシュートを打った。
昨日より肩の力が抜けているようにも見えた。
そりゃそうだよな。
あそこまで頑張って慣れない慰めをしたんだ。
緊張をほぐしてもらわないと俺も困る。
あきらの打ったシュートは、ネットを揺らした。
綺麗な放物線を描きながら、リングのど真ん中に落ちた。
初得点である。
「よっしゃーッ!」
思わず俺は周りを忘れ、大きな声を上げてガッツポーズをしてしまった。
恐らく、中学の時にブザービート逆転を決めた時以来の代物。
自分でも驚きだが、余程あいつのシュートが入ったのが嬉しかったらしい。
あきらはふと俺の方を見た。
その顔には満面の笑みを浮かべていた。
試合中だというのに、目を細めて口角を上げて、嬉しさという嬉しさがこれでもかと伝わってくる笑顔を見せてくれた。
試合中なのにふざけやがって。
「よかったね」
「はい。……最高です」
朝野先輩とそんな事を言いながら、俺達は試合を見守った。
◇
「15対28か。ほぼダブルスコアの惨敗だな!」
「なんでそんなに嬉しそうなのよ!」
試合が終わった後、ベンチで息を整えている皆に言うと、姫希に怒鳴られた。
「なんでって、凄い事だからだろ。昨日トリプルスコアで負けた相手にダブルスコアまで近づけたんだ。進歩以外の何物でもない」
「でも負けてるのよ!」
「何言ってんだ。まだもう一回試合のチャンスはあるんだ。どういうことかわかるだろ、数学が得意な伏山さん」
「……試合終わりの選手に意地悪言うなんて、随分いい趣味持ってるわね」
意地悪を言ったつもりではない。
ただまぁ、言わんとすることはわかるが。
「あきらのシュートが入るだけでこんなに戦いやすくなるとは思わなかったよ」
「そうです! わたしの警戒もいい感じに解けて動きやすかったです」
「いやいや、まだまだですよ。三本しか決めてないし」
あきらのシュートは四分の三。
確率としてはかなりいい線をいっている。
昨日青い顔で項垂れていた奴とは思えない成績だ。
「まぁ、本当の勝負は次の相手だろ」
「そうだね」
「俺達は休憩なしでもう一戦だ。明らかに分が悪い。怪我だけはするな。午後にもう一回やるチャンスはあるんだから」
部活において一番ヤバいのは負けじゃなくて怪我だ。
誰より俺が痛感している。
ここだけは気をつけさせたい。
「すず、ゴール下で体張ってくれてるけど、痛いとことかないか?」
「……ない」
「なんだ今の間は」
「ちょっと気持ち悪かった。思ってたしゅうきのキャラと違う」
「は?」
なんだか物凄く失礼な事を言われた気がする。
せっかく心配してやったのに、何だって言うんだ。
彼女たちは同感だと言わんばかりに顔を見合わせて噴き出した。
全く失礼な奴らである。
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