第116話 童貞の戯言
部屋に戻ると、まだ二人ともぐっすり眠っていた。
馬鹿みたいに熟睡しているあきらとすず。
そんな寝顔を見ているとむかつくが、不思議と笑みが零れてくるのも事実だ。
と、いかんいかん。
「起きろ」
二人の肩を揺さぶると、あきらが薄っすら目を開ける。
「……あれ」
「自分の部屋で寝てくれ」
「……あはは、寝ちゃってた」
あくびをしながら上体を起こすあきら。
しかし彼女はすぐに顔を顰めた。
「やば、寝汗かいたかも」
「……んぅ」
困ったように言うあきらの隣で、すずは呻き声を漏らしながら寝返りを打つ。
こちらは起きる素振りがないので無理やり体を起こさせると、目が合った。
「えへへ」
「……おはよう」
緩い笑みを向けられて俺は目を逸らす。
「お風呂上りに寝ちゃったから体熱くなったんだね」
「……すずもちょっと汗かいた。シャワー浴びたい」
現在時刻は十一時過ぎ。
部屋に帰った奴らは寝ているかもしれない。
すずと同じ部屋の凛子先輩は知らないが、あきらと同室の姫希は眠そうにしていたし、既に寝ている可能性が高い。
そんな部屋で今からシャワーを浴びるのは迷惑だ。
気まずそうに顔を向けられれば、言いたいことは分かる。
「シャワー使って来いよ」
「ホントにごめん。ありがと」
どのみち俺はもう少し起きているだろうし、良いだろう。
すずを引きずって浴室へ向かうあきらの後姿を眺める。
時間も惜しいし、二人同時に浴びるみたいだ。
しばらく待っていると二人とも浴室から出てきた。
眠気も冷めたようで、あきらはスッキリした顔をしている。
「みんな帰ったの?」
「あぁ。お前らだけだぞ、他人のベッドでぐっすり寝てたのは」
「ごめんごめん。すぐに帰るから」
頬を掻きながら笑う幼馴染。
若干頬が赤いのは照れなのか、風呂上がりが故なのか。
まぁどっちでもいい。
と、そんなあきらをぼーっと見つめているすず。
彼女は悲しげな顔をしていた。
「どうしたんだすず」
「世の不平等を嘆いてる」
「なんだそれ」
首を傾げると、すずはムッとしながら自分の胸を抑える。
そしてそれを見たあきらが気まずそうに目を逸らした。
なるほど、そういうことか。
「ぷにぷにしてた」
「ちょっとすず! 言わなくていいから!」
「だって……」
こいつらは他人の部屋の風呂場で何をしているんだ。
じっとあきらを見ると慌てて否定された。
「べ、別に違うから! ただ背中流し合ってたら手が当たっただけで……」
「見るのと触るのとでは大違い。すずのと全然違った」
「一々感想言わなくていいからっ」
珍しく焦った様子のあきらがすずの頭をぺしっと叩くと、軽い音が鳴った。
中に何も詰まっていないのかもしれない。
そんなすずは不安そうに聞いてくる。
「しゅうきはおっぱい大きい子の方が好きなの? すずには希望ない?」
「……」
好きな人の胸のサイズになんて注目したことがなかった。
そりゃ無意識に胸が大きい人を見る事はあるし、露出が多いと目で追ってしまうし、興味もあるが。
だけど、そういうことじゃないよな。
「ねぇよ。胸のサイズで好きとか嫌いとか決まらないから。どうでもいい」
「おぉ、流石しゅうき。信じてた」
「そりゃよかった」
褒められているのか何なのかよくわからないが、まぁいい。
しかし、そんな俺にあきらはニヤニヤ笑いかけてくる。
「えー、わかんないよ。実際におっぱいなんて触ったことない柊喜に何がわかるの?」
「お前なぁ……」
「実際に触ってみたら、大きい方が好きかもしれないじゃん」
確かに触ったことなんてない。
知っている通り、俺の元カノと言えばあの悪魔みたいなおでこだけだ。
胸を触るどころかキスさえしたことがない。
今の俺の意見は童貞の戯言に過ぎないのである。
「触ってみる? 意見変わるかもしれないよ」
「……な、何言ってんだお前」
「……あははっ。照れちゃって可愛い」
「照れてねえ。さっさと出て行け」
ダル絡みをされて流石に疲れたのでそう言うと、すんなり部屋から出て行ってくれた。
すずもそんなあきらを追って部屋から出て行く。
「はぁ」
本当に寝ても覚めてもうるせえ奴らだ。
それに、俺の思い違いだろうか。
若干揶揄ってくる時のあきらの様子がおかしかった気がしたんだが。
いやいや。ないない。
凛子先輩の話で浮かれ過ぎだ。
自分がモテているのではないかと勘違いしている時ほど虚しいものはない。
俺達は幼馴染だぞ。
「寝よ……」
ちなみに布団はめちゃくちゃ良い匂いがした。
ドキドキしながら、でも意外にすんなりと眠れた。
二人の温もりが残っていたからかもしれない。
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