第115話 押し殺している気持ち

 堂々と俺のベッドに腰を掛けている四人に俺は呆れつつ、近くの椅子に座る。

 何故部屋の主がベッドから追い出されているのかは甚だ疑問だ。


「お前ら眠くないのか?」

「全然よ。夕方に寝てたからかしら」

「そういえばそうだな」


 こいつらは俺とあきらが散歩している間に寝ていたんだった。

 中途半端な時間に寝ると、夜に眠気が飛んでいく。

 今は目が冴えているのだろう。


「日が変わる前には部屋に戻るように。明日は朝一から試合だぞ」

「二試合目にやったチームとよね? 昼にやった方には絶対負けたくないわ」

「あはは。そうだね」


 トイレであきらの悪口を言っていた方のチームか。

 確かに負けられない。

 ベタな言葉だが、ここは一つ分からせてやらなければならない。

 誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる。


 俺は昔からバスケで舐められるのが嫌いだ。

 例え自分のプレーがとやかく言われているわけでないにしろ、コーチをしている現状で教え子のプレーに文句をつけられるのは良い気がしない。

 俺が舐められているのと同義だ。

 ただで済ますわけがない。

 というか、俺の幼馴染を泣かせて許してもらえると思うなよ。


 だからこそ、正々堂々倒す以外に手はない。

 正面から叩き潰してこそだろう。


 そんな事を考えていると意識がはっきりしてきた。


「で、何するんだ」

「人狼ゲームしようよ」

「……他のにしないか?」


 あまり頭を使うゲームはしたくない。

 勝てる気がしないし、途中で寝落ちしそうだ。

 俺の言葉に、唯葉先輩がそれならと口を開く。


「夜に友達とすることと言えば恋バナですよね!」

「……」


 ニコニコしながら言った唯葉先輩に、俺は頬が引きつった。


 この空間にはヤバい火種がある。

 俺の事を好いてくれている人が二人いるのだ。

 そんな場所で恋バナなんてしようものなら、荒れるのは間違いない。

 ここはもっと平和な話題にしたいんだが。


「恋バナはやめましょう。一人トラウマ持ちの奴がいるわ」

「トラウマって言うな」


 上手くかわしてくれたのは姫希だ。

 こいつは俺と未来の別れ話を直に聞いてるんだよな。

 他の奴よりもあの日の異様さは知っている。


「じゃあどうしよ」


 頭を悩ませるあきらと唯葉先輩。

 姫希はスマホを見ながら髪を弄り、すずはぼーっと凛子先輩にされるがまま肩をもみほぐされている。


 ……なんでこの部屋に来たんだこいつら。


 それなら、仕方ねえな。

 ここはひとつ、俺が話題提供をしてやろう。


「明日の試合の作戦会議でも——」

「「それは嫌」」


 見事にすずと姫希から否定された。

 無念なり。


「でもやることねーだろ」

「うーん……」


 そうしてしばらく雑談したり、少しゲームをしたりしながら時間は過ぎた。




 ◇




「で、こうなるんすね」

「予定調和?」

「そんな感じです」


 今、ベッドではすずとあきらがぐっすり寝ている。

 マジで邪魔だ。

 凛子先輩と顔を見合わせながら笑う。

 ちなみに姫希と唯葉先輩は自室に帰った。


「僕ももうそろそろ寝ようかな」

「すずを連れて帰ってください」

「えぇ、重いし嫌だよ。責任もって柊喜君が二人と添い寝してあげれば?」

「なんすかそれ」


 そもそもこの部屋のベッドはデカいが、俺の体を考慮するとここで寝るのは無理だ。


「よいしょ。僕帰るから送ってよ」

「……二個上の階でしょ。一人で行ってくださいよ」

「えー。女の子を一人で夜道を歩かせるの……? 僕は悲しいよ、柊喜君がこんなに慈悲もない男の子に育ったなんて」

「はいはい」


 前もあったな。

 唯葉先輩と三人でハンバーガーを食べに行った日だ。

 謎に家まで送らされたのだ。


 どうせ暇なので俺は凛子先輩と共に部屋を出る。


「さむ~」

「そりゃそんな短いズボン履いてたら寒いでしょ」


 夜は冷える。

 上はそこそこ温かそうな服を着ているが、下はショートパンツなので寒くなるのも当然だ。

 真っ白できめ細かい足が健康的だ。


「足見てるね」

「綺麗な足ですね」

「あは、なにそれ。まぁ確かに、柊喜君に見せるために履いてるし」

「……」

「本当は上下ジャージで良いんだよ。でもさ、好きな人には可愛いって思ってもらいたいから」


 急に言われて気まずくなる。

 頬を掻きながら目を逸らしていると、彼女は続けた。


「……僕らが控室にいた時、あきらと何してたの?」

「え、いや。ただの散歩ですよ」

「本当に? 明らかにあれ以降あきらの機嫌が良くなっていたけど」

「ちょっと慰めてました」

「どんな風に?」

「……」


 じっと問い詰めるように見つめられる。

 秘密と言っていた手前、口に出すのは憚られた。

 黙って視線を返す俺に、凛子先輩はふっと笑みを零す。


「ふーん。言えないようなことしてたんだ」

「ち、違いますよ」

「なんでもいいよ。でもね」


 気付いた時には遅かった。

 背中に腕を回され、上目遣いに見られる。

 少し控えめだが、れっきとしたハグだ。


「……ちょっと嫉妬しちゃうかな」

「……」


 頬を真っ赤に染め、さらに涙ぐんだ目で言われて、鼓動の高鳴りが抑えられない。

 至近距離にある凛子先輩の綺麗な顔が、めちゃくちゃ色っぽく見えて、可愛い。

 身体もあきらのと違って細く華奢で、でもしっかり柔らかくて。

 そんな彼女に、先程はなんともなかった部分も無意識に反応してしまう。

 ……ヤバい。


 何とか理性を保とうと先輩の顔から目を逸らしつつ、俺は彼女の腕を解いた。


「……誰かに見られたらどうするんすか」

「別に。寝ぼけてたのかなって言うだけ」

「……」


 凛子先輩は良く俺を揶揄っているし、そもそもうちの部には変な奴しかいないから、そう誤魔化されても信じるかもしれない。


「強引にごめんね」

「大丈夫です」

「……柊喜君が僕と付き合う気がないのは分かってるんだ。だけど、だからと言って僕が諦めるかどうかは別。それに僕は気付いてたよ。柊喜君があの日の告白以降、僕の事を意識してくれてるって」

「……」


 そんなに態度に出ていたのだろうか。

 恥ずかしくなって俺も顔が熱くなる。


「あと、あの日キスを避けられなかったって言うのも僕は嬉しかったんだ。あぁ僕、柊喜君に女の子として見られてるんだって」

「……」

「でもでも、部活の雰囲気とか壊したくないって気持ちはわかるから、僕もみんなに悟られるようなことはしない。柊喜君の事が好きなのと同じように、僕はみんなの事も大好きだから」


 照れながら笑う凛子先輩。

 やっぱりうちは最高のチームだと思う。


「でもさ、せっかくできた二人の時間くらいはありのままでいたいよ。辛いんだよ、すずとかがべたべたしてるの見てたら。僕だって君の隣に座りたいし、君と同じテーブルで焼肉食べたかったし、同じ部屋で寝たいんだ」


 先輩なりに我慢をしていたのだ。

 確かに、すずの甘え方はストレスになるのかもしれない。

 凛子先輩は自分の感情を押し殺さなきゃと思っているし、すずの事も大切に思っている。

 だからこそ何も言えなく、ただ見ている事しかできない。

 辛いだろう。


「あきらだってそうだよ。幼馴染だから特別なのかもしれないけど、羨ましいって思っちゃう」

「……そうですね」

「だから、今だけは、素直にならせて。柊喜君の事が好きだって気持ちを押し殺しきれないんだ」

「……」


 何と答えて良いのかわからなかった。

 Yesと答えるのは違うと思う。

 俺は彼女の好意を受け取る気はない。

 滅茶苦茶好きなのは事実だが、それはすずも同じだ。

 特別じゃない以上、選べない。選ぶ資格もない。

 だけど、Noとも言い切れなかった。

 俺はクズだな。


「大好きだよ」

「……ありがとうございます」

「ふふっ、なにそれ。あ、うちの部屋で寝ていく? すずいないからベッド空いてるけど」

「いいえ。あとであいつを運びます」

「あはは、頼りになるよ。その調子であきらも部屋に届けるの? それとも一緒に寝るの? えっちだね」

「寝るわけないでしょ」


 何を言ってんだこの人は。


「ほら、あきらって可愛いし、おっぱい大きいし、襲いたくなっちゃわない?」

「容姿が良いのは否定しないですけど、だからって何もないですよ。あいつは幼馴染で、俺の唯一の家族なんだ。そういう事は考えたことないです」

「じゃあ僕は? 襲いたくなる?」

「明日朝から学校前の坂を往復ダッシュしますか?」

「あははっ。冗談だよ」


 先輩は気付いているのだろうか。

 我慢しているのは凛子先輩だけではないという事を。

 いや、気付いてるんだろうな。ハグもしてたし。

 だからこんなにニヤニヤしながら揶揄ってくるのだ。


「可愛い」

「……勘弁してくださいよ」


 俺だって男である。

 こういう時、自分の事が嫌いになる。

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