第113話 意外な一面

 近くの焼肉屋に入り、俺達は夕食にありつく。

 時刻もかなり下がっていたため、全員腹ペコだ。

 何しろ昼飯を食べていないからな。

 選手が疲労で食欲がなかったのは勿論、俺も何も食べていなかった。

 あきらの事を考えたり、他校の男子二人と恋愛相談をしたりと、忙しかったのである。

 朝も食べていなかったから、本日初めての食事。

 マジで一日疲れた……。


「では今日はお疲れさまでした! 明日も頑張りましょう!」

「かんぱーい」


 気の抜けた声で乾杯の挨拶をする俺達。

 それぞれテキトーに飲み物に口をつけながら食事を始めた。


「ではでは焼肉奉行の唯葉ちゃんが焼いて行きますよー」

「おー」


 同じテーブルの唯葉ちゃんが隣で腕まくりをするので、なんとなく拍手でおだててみる。

 すると目の前に座る唯葉先輩のお姉さんが、ニコニコしながら言った。


「唯葉は偉いねー。自分から名乗りを上げるなんて」

「嫌な記憶があるからね!」

「なんのことだか」

「もー! 薇々も千沙山くんも聞いてくださいよ。この人、昔っから家で焼肉を食べる度にわたしの皿にレバーとかピーマンとか入れてくるんです!」

「嫌いなんすか?」

「嫌いです! それで文句言ったら、じゃあ自分で焼いて取りなよって」


 そう言えばこの人、以前のバーベキューでもピーマンが嫌いだとか言ってたっけ。

 すずと唯葉先輩は露骨に顔を顰めていた気がする。

 好き嫌いまで子供みたいな人達だなぁと感じたのを思い出した。


 それに、この人の話はどれも平和だ。

 ……後ろのテーブルの連中と違って。


「あーもう! 誰レバー頼んだ人っ!?」

「はい」

「すずレバー好きなの?」

「ううん。でも姫希が好きかと思ったから」

「なによそれ。そもそもあたしはレバー嫌いよ。凛子先輩はどうですか?」

「僕も苦手だなぁ」

「じゃああきらが食べるしかない」

「無理だよっ! 私も嫌いなんだもん!」


 どこでもうるせえ奴らだ。

 あんまりそわそわすんなよ。

 他の客に迷惑だろうが。


 ため息を吐いていると、同じテーブルの三人も顔を見合わせて苦笑していた。


 今回の夕飯は八人で二席に別れている。

 まずは俺、唯葉先輩、朝野先輩、唯葉先輩のお姉さん。

 もう一つがあきら、姫希、すず、凛子先輩だ。


 何故こんな構成になったのかと言うと、数十分前のバス内での口論に遡る。

 内容はいつもと大体同じで、すずが俺と一緒に食べたいと言い出したところから始まった。

 だがしかし、俺が口を挟む前にバスの後方でコソコソ会話が行われ、結果としてこうなった。

 何を話していたのかは知らない。


「お姉さん、名前はなんて言うんですか?」


 唯葉先輩が短い手でせっせと肉を焼いている中、俺は目の前のお姉さんに尋ねる。


「彩華だよ」

「良い名前ですね」

「なにそれ。面白いね千沙山君」


 ただ返す言葉が思い浮かばなかったから言ったのだが、興味深そうに彩華さんに見つめられた。

 少し居心地が悪い。

 値踏みされているようだ。


「身長何センチあるんだっけ?」

「四月に測った時は189cmだったんで、恐らく今は190ちょっとだと思います」

「わおおっきい。まだ成長止まってないの?」

「多分伸び続けてます」


 バスケを選手として続けているわけでもない現状、身長が伸び続けるのはあまり嬉しくない。

 高ければ高いだけ目立つし、人の邪魔になるし、良いことの方が少ない気がする。

 180ちょっとくらいが一番得すると思う。


「千沙山くんお肉焼けました! 食べごろです!」

「食べごろなら先に食べてください」

「わたしがですか!?」

「頑張って焼いた肉なんですから、初めに味わうべきなのは唯葉ちゃんですよ」


 隣で雑談していただけの俺が貰うのは気が引けた。

 というわけで譲ると、唯葉先輩は肉を口に入れる。


「美味しいです!」

「よかった。どんどん食べて大きくなってくださいね」

「はい! ……って待ってください。ちょっと今の言い方は悪意を感じます」

「気のせいです」


 ちなみに彩華さんはそこそこ身長がある。

 凛子先輩未満、姫希以上って感じだ。

 何故姉妹でここまで差が出たのか、遺伝子ってのはよくわからないもんだ。


「ん。しゅうき、あーん」

「後ろの席から箸を持ってくるな。行儀が悪い」

「このお肉美味しいから食べて」

「……じゃあ貰うけど」


 すずに勧められた肉を何の気なしで口に入れ、俺は言葉を失った。

 これは……。


「レバーじゃねえか」

「しゅうき凄い。よくわかったね」


 舐めてんのかこの馬鹿は。

 後ろのテーブルを見に行くと、すずの目の前には先程無計画に注文していたレバーの皿がある。

 やってきた俺に姫希が言った。


「注文した奴が食べるのよ」

「で、自分が食べられないから俺に食わせたのか」

「正解」

「はぁ……」


 なにが美味しい肉だよ。

 まぁ俺はそこまで嫌いじゃないから食えるけどさ。


 と、呆れている俺を他所にすずはご飯を食べる。

 そしてハッと固まった。


「……間接キスだ」

「そうだな」

「……」


 何の気なしに頷くと、すずは箸をおいて俯いた。

 覗き込むと、顔が真っ赤になっていた。

 え、嘘だろ。

 熱出したときにちゅーして、とか言っていたくせに間接キスごときで……?

 あまりにも初心な一面に俺まで恥ずかしくなってくるし、なんなら悪い事をしてしまった感覚に襲われる。


「すまん……」

「うん」

「気になるんなら箸変えてもらう?」

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 あきらの問いにぎこちなく首を振るすず。

 なんだかなぁって感じだ。


 俺的に間接キスなんてどうということはない。

 そもそも毎日のようにあきらとは、箸でおかずをつつき合っているし、飲み物共有も結構する。

 一々間接キスなんて気にしたことがなかった。

 でもそうか。

 気にする奴は気にするよな。


「……レバーは食ってやるからよこせ」

「ありがとうしゅうき。あとでコンビニで何か奢ってあげる」


 俺の申し出にすずは胸を撫で下ろす。

 これに懲りたらテキトーに注文はしないことだ。

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