第112話 食べ放題
控室に戻ると、まだ誰も出てきていなかった。
結構長い時間歩いていたのに、誰も着替え終えていないのだろうか。
あきらは様子を見ようと中を覗くと、すぐに俺に苦笑いを向けてきた。
ちょいちょいと手招きされて一緒に中に入る。
「なるほど……」
「みんなぐっすりだよ」
全員着替えは済ませていた。
だがしかし、そのまま寝落ちしたらしい。
見事に全員が意識を失っている。
「下脱いでないとか、余程疲れてるんだね」
「そうだな」
すずもズボンを履いたまま寝転がっていた。
セミロングの髪が顔にかかって鬱陶しそうだ。
部屋の隅では凛子先輩が座ったまま舟をこぎ、その膝の上に唯葉先輩が頭を乗せている。
姫希も入口の方でちょこんと座ったまま寝息を立てていた。
「今日はハーフ試合を二回しかしてないんだがな。本番の試合が思いやられる」
「あはは。みんな頑張ってくれてたからね。私も頑張らなきゃ」
「明日は頼んだ」
「任せてよっ」
いつまでもこんな所にいるわけにはいかないため、とりあえず近くにいた姫希から起こす。
「おい、帰るぞ」
とりあえず今日は撤退だ。
◇
夜の山は寒い。
さっきは手を繋いだりハグしたりしていたため、あまり寒さは感じなかったが、冷静になって外を歩くと冷える。
「……ねむい」
目を擦りながら歩くすず。
まだ眠り足りないのか、フラフラした足取りで俺の隣にいる。
「いて」
「……」
蹌踉めき、俺の肩におでこをぶつけて呻き声を漏らした。
危なっかしい奴だ。
こいつは起こすのが一番大変だった。
起こすために揺さぶると、何故かその場で下を脱ぎ始めたのだ。
恐らく、寝ぼけて実家にいると勘違いしてしまったのだろうが、不意打ちだったため、本当に危なかった。
なんとかあきらが止めてくれて助かった。
危うく見えてしまう所だった。
「あんた達何してたのよ」
「えー。ちょっと散歩だよ」
「待っててもなかなか来ないから寝ちゃったじゃない」
「あはは、ごめん。でも寝顔可愛かったよ」
「う、うるさいわね」
後ろでは姫希とあきらが話している。
一応着替え終えた時は意識があったらしい。
「っていうかあんたの髪型慣れないわ」
「そう?」
「ポニテからショートは結構イメージ変わるのよ。その短い髪型が似合うの羨ましいわ。可愛い」
「えへへ、そうかな? 姫希だって似合うと思うよ」
「そうかしら……」
俺なんて普段テキトーに短く切っているだけだし、拘りなんてないのだが、やはり女子は色々あるのだろうか。
洗いやすいかどうか、という部分にしか興味がない。
「おねーちゃんと薇々はバスで待ってるそうです。あと、乗り込むまでに夕食を決めろと」
「そうっすか。みんな何が食べたいんだ?」
「すず、しゅーくりーむ食べたい」
「じゃあお前だけコンビニのシュークリームな。安上がりだ」
「……いじわる」
すずとのやり取りはさて置き、他の部員は頭を悩ませる。
「大人数で入れるところだよね。八人いるし」
「そうですね!」
「じゃあ焼肉とか?」
「焼肉!」
唯葉先輩と凛子先輩の会話に声を上げたのは姫希だ。
全員に一斉に振り向かれ、ばつが悪そうに顔を逸らす。
「まぁ僕はどこでもいいんだけど」
「食べ放題のある店にしないといけないっすね」
こんな奴に普通に注文されたら堪ったもんじゃない。
というか恐らく、高校生の手持ち金額でカバーできる量じゃないはずだ。
そう思って言うとリュックを殴られた。
「なんだよ大食い」
「……君にはデリカシーとかないのかしら?」
「つい最近バーベキューで食費を吸い取られたからな」
「……ごめんなさい」
「ははっ、冗談だ。どんどん食えよ」
食トレという言葉もあるが、食べることも部活だ。
明日のエネルギーに繋げて欲しい。
「すず、今日はいっぱい食べるよ」
「私もどんどんイケちゃう気がする! 姫希より食べるかもっ!」
「すずも負けない」
「あんた達は何を競ってるのよ。まぁただ、負ける気はしないわね」
なんだかんだ言いつつ、姫希も乗り気なところが面白いな。
前を歩く唯葉先輩も頑張るぞーとか言っている。
これは絶対に食べ放題じゃないとダメだ。
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