第105話 初得点

 前のチームの試合が終わり、ついに俺達の番がやって来る。

 相手は同じ県のチーム。

 少なくとも格上である。


「改めて見ると本当に少ないな」

「これでも増えた方なんだけどね」

「そうだな」


 ベンチに座っている五人の女子を見てそう言うと、あきらがクスッと笑った。

 俺が初めて部活に顔を出した日は、あきらと姫希しかいなかったんだもんな。

 そう思うと頑張った方かもしれない。


 しかしながら、相手ベンチを見る。

 人口密度という時点でかなり不利に思えて仕方がない。


「き、緊張してるのかしら?」

「……」


 黙って相手ベンチを見ていると、バッシュの紐を結び終えた姫希に言われた。

 目の焦点は若干あっていないし、膝ががくがく揺れている姫希。

 うーん……。

 一番緊張してるのはお前ではないだろうか。


 大きく息を吐き、俺は頷く。


 事実、俺も柄にもなく試合前に緊張していたのは本当だが、それでは選手を不安にさせかねない。

 俺が堂々としなくてどうするのだ。

 姫希を見て我に返った。


「作戦は特にない。練習で教えたことをまずはやってみろ。最初の1クォーターはお前らに全部任せる」

「わかりました」


 恐らくボコボコにされるだろう。

 善戦するとは思えない。

 だがしかし、実戦でのこいつらを見たことがない俺には、現在出せる指示がないのも事実だ。

 俺の言葉に唯葉先輩は立ち上がる。


「皆円陣組みますよ」


 選手五人とマネージャー一人が肩を組み、声を上げる。


「楽しんでいきましょう!」

「「おーっ!」」


 相変わらず緩い声だ。

 勝とうとかじゃなくて、楽しもうっていうのもこいつららしい。

 でもそれでいいじゃないか。

 まずは知ることだ。


「頑張れ」


 一言応援をして、俺は五人を送り出した。



 中央に整列し、相手チームと対面する。

 パッと見、身長は大差ない。

 凛子先輩とすずが高いから、バランスは良いように思える。

 だがしかし、なんか細い。

 筋トレをできる限りやらせてはみたが、二ヶ月そこらで大した効果は出ないし、全体的にひ弱だ。


 挨拶をして、試合が始まる。

 ジャンプボールは相手に取られた。

 ディフェンスからのスタートだ。


 警戒する相手陣営。

 敵の力量を計ろうと、左右にドリブルを突いて突破の機会を狙う。

 しかし、舐めるなようちの選手を。


 相手選手の軽いクロスオーバーで、あっさりと抜かれやがった。


「姫希ッ!?」

「あ、あれ」


 サクッと最前線で一人やられて、慌てて唯葉先輩がカバーに出てくる。

 だが、そうすると唯葉先輩のマークマンがフリーになるのでパスを通される。

 そしてそこからシュートを放たれ、あっけなく先制点を許した。


「……」

「まぁ、最初だからね」

「そうっすね。まだまだ、ここからっすね」


 朝野先輩の声に頷き、試合を見る。

 今度はオフェンスだ。


 俺との個別レッスンで一生懸命覚えたドリブルを駆使し、なんとか敵陣に入ることができた姫希。

 感動して泣きそうになりながらそんな光景を見守る。

 しかし。


「あ」


 パスを読まれ、一気にカウンターをくらった。

 速攻で再び二点を失い、試合は0対4。


 あまり意外性のない展開だが、だからと言ってこれでいいわけでもない。

 僅か一分足らずでこの力量差。

 相手もこっちの都合が分かったのか、選手の顔に余裕が出てきた。

 マズい。


 相手のパス回しに翻弄されながら、試合は進んでいく。

 どんどん失点を重ねるが、悲しい事にうちは無得点。

 第1クォーター残り一分で、0対20という絶望的な数字が得点板に見える。

 さて、どうする。


 そんな時、相手選手がレイアップを打ちに来た。

 身長は然程高くない、普通の選手。

 そこでついに突破口が開く。


「おぉっ!」


 なんとそのシュートを凛子先輩が叩き落したのだ。

 練習の時にもよく見せていたシュートブロックである。

 身体能力が高い彼女にこそできる技。


 ゴール下で待機していたすずの手元に、そのボールが収まる。

 俺は思わず声を上げた。


「速攻だ!」


 俺の声とほぼ同時に走り出していた唯葉先輩がすずからパスを受け取り、敵陣に走って行く。

 しかしながら、バスの中で予想していた通り、唯葉先輩は相手の過剰なマークですぐに動けなくなる。


「唯葉!」

「っ!」


 絶妙な位置に凛子先輩がいた。

 フリーとは言えないが、何とかシュートには持ち込めそうなポジション。

 何か覚えのあるシチュエーションだ。


 唯葉先輩は迷わず凛子先輩にパスを出した。

 そして彼女もそのパスを受け取り、真っ直ぐリングに飛んでいく。


 すぐさま相手のブロックが来るが何のその。

 凛子先輩は躊躇わずにレイアップを打った。

 当然だよな。

 慣れてるんだから。

 あの人は毎日、身長約190センチの男のプレッシャーに耐える練習をしていたのだから。


 彼女の打ったシュートは、お世辞にも綺麗なフォームとは言えなかった。

 だがしかし、入った。ネットを揺らした。

 得点が入ったのだ。


「……無駄じゃなかったな」

「そうだね」


 練習が報われる瞬間というのは、感傷的になってしまうな。

 ふっとこちらを見た凛子先輩の嬉しそうな表情に、思わず涙が出そうになった。


 何はともあれ初得点。

 これが俺たち女子バスケ部始動の合図だった。

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