第106話 やり続けるしかない
その後すぐに第1クォーターが終わり、選手たちはベンチに戻ってくる。
座るなり青い顔で水を飲み、タオルで汗を拭い始めた。
いくら寒いと言えど、あれだけ動けば当たり前か。
高校バスケの1クォーターは10分だが、これだけでもかなりの運動量だ。
今は呼吸も苦しいだろう。
「全員お疲れ様」
選手たちに声をかけると、みんな暗い顔で俺を見上げる。
だいぶ心を折られたようだ。
最後に凛子先輩が得点したが、現在得点差は18点。
絶望的ではある。
だがなんだ、分かりきっていたことだ。
「……あたしのせいだわ。ディフェンスで抜かれちゃったし、パスも何回も失敗したし」
ボソッと零す姫希。
その顔に生気はない。
「ドリブルは上手かったぞ。次もあれで良い」
「良いわけないでしょ!? 勝てるわけないじゃない!」
「そうだな。でもやり続けなければ上達もしない。そもそも五人しかいないんだから、お前の代わりなんていないんだよ」
「でも、でも……」
「ここで逃げたら一生下手くそだぞ。何のために来たんだ」
「……そうね」
思い出すのは部活初日のことだ。
暗い顔で自身の事を卑下していた姫希を思い出す。
失敗してここまで落ち込むのも納得である。
「流れは悪くない。凛子先輩の最後のシュートは最高でした」
「あはは。結構ギリギリだったけど」
「いいんですよ。練習の成果が出たわけですから」
「柊喜君の愛のコーチングのおかげかな」
「軽口叩けるなら余裕そうですね」
凛子先輩に苦笑していると、すずが立ち上がる。
そのいつも通り乏しい表情には、普段には見えない闘志が伺えた。
「まじで悔しい。ずっと抑えられててうざい」
「あぁ、負けん気は大事だ」
相手を突き飛ばしたりしないか心配だが、まぁいい。
「しかし、どうしましょう。正直わたしはがっつりマークされてて、上手く動けないんですが」
唯葉先輩が困ったように指示を求めてくるので、俺もコーチとして返事する。
「別のところから点が入れば、自ずと唯葉ちゃんへの警戒も散ります。唯葉ちゃんにディフェンスが複数くるのなら、裏を返すと他四人には守りが甘いんです。特に凛子先輩とあきら」
姫希はドリブルが上手いのを知られているため、ややディフェンスが固い。
すずもゴール下で体を張っているため、少し警戒されている。
今のところ自由に動けるのは、凛子先輩とあきらだけなのだ。
「パターンオフェンスの練習を覚えているか? 唯葉ちゃん以外の四人であれを使って展開を作るんだ」
「あ、そっか。あたしが指示を出すのね」
ようやく自分の仕事を思い出し、冷静になってきた姫希に頷く。
すぐにメンタルを持ち直せたらしい。
これだけでも大きな進歩だ。
だから、あとはシュートである。
「頼んだぞ」
「……うんっ」
俺は目の前でずっと俯いていたあきらの肩に手を乗せた。
彼女は最後まで、俺の方を見なかった。
◇
違和感に気付いたのは試合が再開した直後だ。
姫希や凛子先輩という頭の良いプレイヤーのおかげで、割とスムーズにあきらがパスを貰う。
そしてシュートを放つのだが。
「……」
入らない。
リングにかすりもしない。
明らかにボールの軌道がズレている。
「なるほど」
シュートを打った直後、絶句した顔のあきらを見て納得した。
「あれ、あきらどうしたんだろ。いつもシュート上手なのに」
「緊張でしょうね」
「え」
驚いた様子の朝野先輩に俺は言う。
「試合中と練習中じゃシュートタッチが違うんです。変に強張ってるから、力んでしまってボールコントロールができなくなる。だからシュートが入らない」
「じゃあ何か言ってあげないと」
「いえ」
無駄だ。
声掛け云々とか、そういう話じゃない。
これは試合慣れという部分が大きいため、打ち続けるしか克服する術がないのだ。
コート内で励まし合っているのが不幸中の幸いか。
姫希がニコニコしながら『今のプレーは上手くいったわね! 次は入るわよ!』とか言ってるのが聞こえる。
そんな言葉に、ぎこちなく頷くあきら。
俺にも経験がある。
まだ小学生の頃だったが、試合でシュートを外しまくって味方にもコーチにも、保護者達からも白い目で見られた。
あの時立ち直れたのは『絶対に見返してやる』という反骨心があったからだ。
気を強く持たなければシュートなんて入らない。
「あきら」
「……」
「打つしかないぞ」
「……うん」
ちょうど俺の前にやってきたあきらに言うと、彼女は自信なさげに頷いて見せた。
どのみち、うちの得点源は唯葉先輩の個人技頼りか、あきらのシュートのみ。
今の状況であきらが機能しなければ、勝ち筋などどこにも見出せないのだ。
逃げることは許されない。
姫希にも言ったが、どんなに下手くそでミスを連発しても、やり続けるしかないのである。
「あいつならいけますよ」
「そうだね。四人もついてるし」
「俺達だっています。一人じゃないんだ」
朝野先輩と言葉を交わしながら俺達は試合を見続けた。
結果は8対36の惨敗で終わった。
途中、唯葉先輩が三人がかりの敵をぶっちぎって得点したり、すずのゴール下の活躍もあって得点が増えたが、追いつくことはない。
あきらの得点は0点だった。
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