第104話 部活内恋愛

 目的地の高校は本当に山の中にあった。

 標高が高いため、気温もそこそこ低い。

 上下ジャージを着ていたから風に吹かれて凍えることはないが、つい最近まで暑かったのにギャップを感じる。


 と、そんな俺の横でぶるぶる震える女子二名。


「さ、寒いです……!」

「長ズボン履いて来ればよかったっ!」


 半ズボンしか履いていなかった唯葉先輩とあきらは、足を抑えながら震えていた。

 風が吹くたびに「ひぃ」とか「ひゃあ」とか言っている。

 そりゃそうだ。


 しかし、反対に同じく短パンなのに微動だにしない奴もいた。


「お前は平気なのか」

「ん」

「うぉ」


 半ズボンでも無表情なすずに聞くと、太ももを触らされた。

 急な事で変な声が漏れる。

 すべすべもちもちな太ももに手を当てると、すずは言う。


「あったかいでしょ?」

「……確かに」

「しゅうきも寒くなったら触っていいよ」

「断る」


 誰が女子高生の生足で暖を取るのか。

 すぐさま俺ではなく唯葉先輩とあきらに体を弄られ、不服そうな顔を向けてきたが知らん。


 何はともあれようやく着いたのだ。


「古い学校ね」

「廃校舎っぽいのと新校舎っぽいのがごちゃ混ぜだな。取り壊さないのか」

「あはは、雰囲気あっていいじゃん」

「体育館に行って挨拶してきますか」


 途中サービスエリアで遊んでいた割に早く到着していた。

 一番乗りというわけにはいかないが、俺達の他に到着しているバスは一つだけ。

 まぁまぁだろう。

 季節感の無い馬鹿と違ってジャージ姿の俺達はそんな会話をしつつ体育館に入った。



 一通り挨拶をしていると、すぐに他の集団も集まってきた。

 全部で三校、それの男女バスケ部計六チームが集まる。

 全てのチームに一言挨拶とアクエリアスを渡すと、みんな優しく出迎えてくれた。

 このまま何事もない事を祈る。


 体育館では二試合ずつ進行されるので、2チームは暇な時間ができる。

 俺達は最弱校なので最初は見学だった。


「学校探検しよっ」

「何があるのかしら!」

「面白いものあるかな」

「何やってんだ馬鹿ども」


 対戦校がアップを始める中、ウキウキどこかへ行こうとする三人を捕まえる。


「キャプテンを見なさい」

「あ」


 後ろでは唯葉先輩が珍しく真面目な眼差しで敵の動きを見ていた。

 流石はキャプテン、締める所はわかっている。


「観戦するぞ。どうせ次戦うんだから、誰とマッチアップするか、敵の癖はどんなものがあるか、自分ならどう対応するかを考えておけ」

「そうだね」

「ちょ、ちょっとテンションが上がっちゃってたわ」

「ん」


 気まずそうに苦笑しながら座る姫希、あきら、すず。

 気持ちは分からなくもないが、まずは敵情視察だからな。


 そんなこんなで試合が始まると、しばらくして一人の女子が俺達の座る場所までやってきた。

 見覚えのない人だ。


「あの、浅間あざま高校女バスのコーチの方ですか?」

「はい、そうですが……」


 浅間高校というのはうちの高校の名前だ。


 話しかけてくれた女子は手にどっさり重そうな袋を持っている。

 と、俺が何か言う前に、隣で試合観戦をしていた唯葉先輩が立ち上がった。


「あー! 綾乃あやのじゃないですか!」

「唯葉久しぶりだね」

「いつ見ても超可愛い! 会いたかったです!」


 言われて苦笑するショートボブの美人。

 一つ一つの仕草に優しそうな雰囲気が出ていて、話しているとなんだか落ち着く。


「紹介します。わたしの中学からの友達で、マネージャーをやってる笹山綾乃ささやまあやのちゃんです。今日の練習試合を決める時にもちょっと話したんですよ」

「あぁ」


 そういえば、前に言っていた気がする。

 紹介されて笹山さんはふっと笑みを零した。

 一々反応が柔らかくて、うちの容姿だけJKとは全然違う、本物の美少女だ。


「これ、差し入れです。みんなで飲んで」

「マジっすか……。ありがとうございます」

「ううん。君は千沙山君かな? 一年生でコーチなんでしょ? 頑張ってね」

「は、はい……」


 ニコッと笑って去って行く姿はまさに女神。

 靡く髪からめっちゃ良い匂いがした。


 つい目で追っていると、どす黒いオーラを横から感じる。

 見るとあきらと姫希とすずにジト目を向けられていた。


「なんで見惚れてるのよ」

「いや、そういうわけでは」

「嘘だよっ! あんなに食い入るように女子を見つめるところ見たことないもん」

「食い入るとか言うな」

「むぅ、しゅうきはすずのことだけずっと見てて」

「何言ってるのよ! あんたは黙ってなさい!」


 内輪で喧嘩し始めた奴らはさて置き、唯葉先輩が口を開く。


「あ、でもダメですよ? 綾乃には彼氏がいますから」

「別にそういうつもりはないんですけど」

「なんでも同じ部活の後輩と付き合っているとか。体育祭の借り物競争でお姫様抱っこされたのがきっかけで、付き合い始めたらしいです」

「なんすかそのラブコメ設定は」


 現実味の無い話だな。

 そもそもうちの高校の体育祭と文化祭は盛り上がらなさ過ぎて話題にも上がらなかったし。

 普通はそんなもんだ。

 体育祭マジックとやらが実際にあるとは知らなんだ。


 それに。

 部活内で恋愛なんてありえない。

 雰囲気がぐちゃぐちゃになるだけだと思う。


 ふと視線を戻すと、例の笹山さんは奥で一人の男子と親しげに話している。

 その表情は、さっきの俺達へ向けていたモノとは全くの別物。

 恐らくあの男子が後輩彼氏なのだろう。


「上手くいくもんなのかな」


 ついボソッと言うと、隣のあきらが何故かビクッと跳ねた。


「……しゅ、柊喜も部内恋愛に興味あるんだ」

「え? 今なんか言ったか?」

「い、いやなんでもない! 男の子だもんね。うんっ」

「なんか誤解してないか?」

「べ、別に?」

「……?」


 よくわからない反応をされて困ったので黙ると、あきらは青い顔をしてトイレに行った。

 どうしたのだろうか、バス酔いが今になって気持ち悪くなったのだろうか。

 変な足取りで去って行く幼馴染の後ろ姿を眺めていると、隣で黙っていた姫希が口を開く。


「少し憧れるわ。部活内で恋愛とか、青春って感じするし」

「え?」

「……あ。ち、ちちち違うわよ!? 誰も君と付き合いたいだなんて言ってないから! 勘違いしないでくれるかしら!」

「してませんけど」


 まぁでも、そうだな。

 そういう恋愛も体験してみたかった。

 さっきの笹山さん達の幸せそうな顔を思い出すと、どうしてもそんな事を考えてしまう。


 隣の姫希は余程嫌だったのか、顔を真っ赤にしてブツブツ言っていた。

 ここまで嫌悪感を出されるとちょっと悲しい。


 そんなところに凛子先輩がやって来る。


「どしたの? 皆辛気臭い顔してるね」

「いや……なんでもないですよ」

「怪しいなぁ」


 あまり凛子先輩に話したい話題ではない。

 曖昧に誤魔化しているうちに、目の前で試合が開始された。

 今は部活だ。

 余計な事は考えるな。

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