第51話 曲者

 その日の放課後、俺はいつものように体育館フロアの椅子に座って、部員の着替えが終わるのを待っていた。

 と、そんな時に。


『キャーッ!』


 可愛げのない悲鳴が上から聞こえた。

 恐らく同タイミングで体育館に来ていた姫希のモノだろうが、何があったのやら。

 やけに臨場感ある悲鳴だったし、心配である。

 俺は直ちに椅子から立ち上がり、様子を見に行った。


 上へあがると部室の扉は閉っていた。

 中にいるのだろうか。


 咄嗟に開け放とうとするが、部活初日に姫希の生着替えを覗いてしまったのを思い出し、踏みとどまる。

 仕方がないので外から聞いてみた。


「どうしたー? 入っていいか?」

『ぜっっっっっっっっっっっっっっっっッたいダメッ!』

「……え」


 過去一番の拒絶を受け、呆然だ。

 どれだけ嫌われているのやら。


「何があったんだ?」

『ちょ、ちょっと!』

『姫希、うるさい』


 俺の質問に答えず、誰かと会話している姫希。

 中から聞こえた新たな声には覚えがない。

 あきらと違って元気はないし、唯葉先輩が絶対言わないセリフだし、凛子先輩ならもっと低い声だろう。

 朝野先輩?

 あの人はまだまだ底が見えない何かがあるし、可能性はある。


 だがしかし、答え合わせをするように扉が開いた。


「馬鹿! あんた!」

「ん。こっちきて」

「ひっ」


 中から手を掴まれ、悲鳴を漏らす。

 何故なら、その動作主がズボンを履いてなかったからだ。


 やけに力強い腕に引っ張られ、俺は部室に連れ込まれた。

 あまりにも急なもんだから、つい躓いて転んでしまう。

 四つん這いになると、女子を押し倒してしまっていた。


「ごめっ――」

「……積極的」

「違う!」


 慌てて立ち上がろうとするが、再び腕を掴まれて妨げられた。

 女子は俺の目を眠そうに見つめる。


 物凄く澄んだ瞳だ。

 セミロングの髪が頬にかかっているが、まごう事なき美少女。

 若干もちっとした輪郭と重そうな瞼が幼さを演出する。

 彼女はそのままの体勢で言った。


「千沙山柊喜君?」

「……あぁ」

「よろしく。すずは女バスの一年生」

「……あ」


 すずと名乗られ、頭の中ですべてが繋がった。

 部屋の隅でため息を吐いている姫希を見てさらに納得。


 こいつが五人目かよ。


「出て行ってくれるかしら。下着履かせるから!」

「え?」


 言われて、よく見ると履いていないのはズボンだけではなかったらしい。

 ヤバい部分は見えていないが、はだけた足の付け根に布を確認できなかった。


「……えっち」

「あ、あり得ない……」


 頭おかしいだろこいつ。



 ◇



 部室の前で待っていると少しして二人が出てきた。


 相変わらず生気のない顔の黒森、そして若干赤らんだ顔の姫希。

 今度はちゃんと下を履いている。


 姫希は俺を見ると睨んできた。


「見た?」

「な、何を?」

「すずの――」

「見てません!」


 嘘ではない。

 下を履いてないのはさて置き、まさかパンツすら履いてないとは思わなかったしな。

 何度も言うが、当然中も見えていない。

 ダボッとしたオーバーサイズの半袖を着ている黒森は、俺を見ると少し口角を上げる。


「やっぱおっきい」

「……は?」

「ううん。こっちの話」


 やけに嬉しそうだが何があったんだ。

 会話が成立しないまま向かい合っていると、姫希がため息を吐く。


「こいつ服着ないのよ。あとパンツも履かない」

「蒸れるし邪魔だから」

「だからってねぇ! 常識ってもんがあるでしょう?」

「姫希、相変わらず声がキンキンする」

「誰のせいよ!」


 実にマイペースな奴だ。

 話に聞いていたため覚悟はしていたが、実際に見て痛感した。

 こいつは曲者だ。

 姫希や凛子先輩とは違った意味でおかしい。


 と、黒森はそのまま俺を向き直る。

 何も言わないままじっと見つめられた。


「えっと、黒森さん?」

「すずでいい」


 黒森改めすずは、そのまま眠たそうな目を細めて笑うと言った。


「すずと付き合って」

「……え?」

「すずと付き合おう」

「……は?」


 頭が追い付かない。

 目をパチクリさせながら、今言われた言葉を反芻する。


 『付き合って』『付き合おう』


 要するに、交際を申し込まれたのか?

 俺の彼女になりたいってこと?

 え?


 ……え?


「えぇぇぇぇッ!?」


 俺の理解が追い付くのとやや同時に姫希が大声を上げる。

 そのまま姫希は、自分より十センチは高いであろうすずの肩を揺さぶった。


「つ、つつつつ付き合おうって何よッ!?」

「前から探してた。身長デカい男の子」

「はぁ!? それだけの理由!?」

「そうだけど」


 すずはそこで首を傾げる。


「なんでそんなに慌ててるの?」

「え? いや、だってびっくりするじゃない!」

「それだけ? もしかして姫希、千沙山柊喜君の事好きなの?」

「な――ッ!?」


 みるみるうちにさらに顔が赤くなってくる。

 そのまま髪の毛をプルプル揺らし、肩をわなわな震わせた。


「そういうのじゃないわよッ!」

「じゃあいいじゃん。ね、千沙山柊喜君」

「いや、ちょっと待て。勝手に話を進めるな」


 初対面で交際を申し込まれたことなんてないため、俺は唖然としていた。

 と、そんな様子にすずは頷く。


「うん。流石にいきなり過ぎた」

「お、おう」

「まずはお互いの事を知らなきゃ」

「おう……?」

「今日の部活、すずの事見てて」

「おう……」


 好き放題言った後、彼女は上機嫌でフロアへ下りて行った。

 その様子を見る放心状態の俺、姫希。


「なんだあいつ」

「……別に、そういうのじゃないわよ」

「は?」

「な、なんでもないわ! 君も変な気を起こさないように! 調子に乗って手なんて出したら、許さないわよ!」

「……」


 今日は姫希に怒鳴られてばかりである。

 うちの部員はどいつもこいつも何を考えているのかがよくわからない。

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