第50話 オリハルコンメンタル

 週明けの火曜日朝。

 俺達のクラスに激震が走った。


「……」


 普段通りに皆が自由に話している時間、俺は自分の席でやり忘れていた課題を慌ててこなしていた。

 と、そんな時にふと教室が静かになる。

 気になって辺りを見渡すと、原因が分かった。


 見慣れたおでこ丸出しっ子が教室の入り口に立っていた。

 そいつは何の躊躇も無しに足を踏み入れる。

 そのまま自分の席に歩いていき、バッグを置いた。


 クラスメイト全員がかたずをのんで様子を見守る。

 と、当の本人はまるでいつもと同じムーブで、いつメンの元へ向かった。


「おはよー」

「お、おはよう」

「久しぶりだね……」


 若干歯切れ悪い友達二名に首を傾げる未来。


「え、木金休んだだけじゃん」

「でも今週月曜休みだったし」

「五日間顔合わせてないんだよ?」

「あ、そっか。じゃあ久しぶりかも」


 あっけらかんとした物言い。

 未来は欠席前と何の変りもなかった。


 その様子を見てクラスもいつも通りに戻っていく。

 再び他愛無い雑談が増え、未来のグループも以前と同様に大声で騒ぐ。

 ……いや、言い過ぎた。


 クラスメイトの雑談内容は主に未来について。

 そして等のグループも若干笑みが引きつっている。

 普段通りなのは未来だけだ。


「はぁ……」


 まぁ予想通りと言えばそれまでだ。

 未来のメンタルは恐らくオリハルコン製。

 クラスメイトがどう思うとか関係なく、自分の思うままに行動する。

 嫌という程痛感していたんだ。

 あいつのことはよくわかっている。

 だけど、まぁ。


 少し安心した。

 普通に学校に来てくれてよかった。

 あいつのことは大っ嫌いだが、気にはなっていたからな。


「おはよう」

「おはy――って姫希か」

「言いかけてやめたのは何かしら?」


 ジトッとした目を向けられるが、さっと肩を竦めて流した。

 また厄介なクラスメイトに未来について何か言われたらどうしよう、と身構えていただけだ。

 俺の仕草にため息を吐いた姫希は教室後方の未来を見つめて言う。


「来てくれてよかったわ」

「……そうか?」

「だって後味悪いじゃない。いくらあたしが何を言われていたとしても、今回のせいであの子が不登校にでもなったら最悪よ」

「それはそうだ」

「あと、普通に心が痛いわ」

「……」


 本当に優しい奴だな。

 もっと普段からその温かい心を全開に生きていけば友達も増えるだろうに。

 勿体ない。


「でも気をつけなきゃいけないわね。また君に近づいてきたら面倒よ」

「もうないだろ」

「二度あることは三度あるって言うじゃない。既に三度以上迷惑は被ってそうだけど」

「まったくだ」


 未来の屈託のない笑顔を見ていると、なんだかなぁって感じだ。

 二度と俺にはちょっかいをかけないで欲しい。


 と、俺達が一緒に居るとこちらにもクラスメイトの視線が集まる。

 そう言えば先週、余計な事言ってたからな。


「……付き合ってると思われるぞ」

「そ、それはごめんだわ。でも、そう思わせておけばあの女も容易に手を出せなくなるんじゃないかしら」

「お前が良いなら好きにしろ」

「ッ! 嫌に決まってるでしょ!」


 朝から大音量で叫ばれ、頭が痛い。

 嫌なら最初から言ってくんな。

 言い出しっぺはお前だぞ、この馬鹿ワンサイドアップめ。

 忌々しく姫希の髪を見て俺は違和感を覚えた。


「……シュシュ変えた?」

「気付くのね。……気持ち悪い」

「一言余計なんだよ」


 おかしい。

 女子ってそういう些細な変化に気付いてもらえると嬉しいものなんじゃないのか?

 聞いてた話と違うんですが。

 顔を赤くしながらの”気持ち悪い”を頂きました。


 ちなみに俺は結構そういう変化に敏感だ。

 あきらがミリ単位で前髪を切って来ても気付く。

 その度に毎回呆れ顔で『なんでこういうとこだけマメなのかな』と失礼な事を言われている。

 何故なのか。

 さらに言うと、未来には『あ、そうだよ』と毎度軽く流されていた。

 何故なのか。


 一人悲しみに浸っていると姫希が声を小さくして聞いてくる。


「……そう言えばあきらはもう帰ったの?」

「あぁ、昨日の晩まで泊りって言ってたから今日からは向こうで寝るんじゃないのか?」

「……テキトーね」

「そりゃそんなもんだよ。どうせ今日も一緒に飯食うし」

「……ほんと意味不明よ」


 高校生にもなって色恋に発展せずに、ずーっと幼馴染をやれてるのは俺達くらいなのだろうか。

 それもこれもうちの家庭環境がゴミ過ぎるが故だ。

 逆に言うと、両親がクソなおかげであきらと上手くやれているわけだが。

 一長一短である。


「ってか、何でそんなこと聞いたんだ?」

「な、なんとなくよ」

「ふーん」


 よくわからんところに関心を抱く奴だ。

 あ、そういうことか。


「……気にしなくても週末は何もしない」

「そういう事言ってるんじゃないわよ!」


 またも大声で怒られた。

 やはり姫希が何を考えているのかはよくわからない。

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