第52話 先輩への指導方針

「おっ、柊喜君早いねー」

「……凛子先輩」

「どしたの? 死にそうな顔してるけど」


 姫希とすずが立ち去ってからもしばらく部室の前で立ち尽くしていると、ややあって凛子先輩がやってきた。


「珍しいね部室の前で待ち伏せとか。入る?」

「今から着替えでしょ?」

「見てもいいよ? 興味あるお年頃でしょ?」

「……今はそういう気分じゃありません」


 事故で下半身丸出しの美少女を押し倒した直後だ。

 美人な先輩の誘いにも揺れないメンタル。

 はぁ……。


 俺の反応に訝し気な顔をする先輩。

 彼女は部室を開け、中を見てすぐに言った。


「すず来てるんだ」

「なんでわかったんすか?」

「ほら」


 見せられて部室を覗くと、制服が脱ぎ捨てられていた。

 なるほど。


「あの子だらしないから。まーたあとで叱んなきゃだよ」

「そうっすね」

「まぁ今日はパンツ脱ぎ散らかしてないだけマシか」

「部活中もノーパンなんすか!?」


 驚きの発言につい声が出てしまう。

 そんな俺に凛子先輩はニヤニヤ笑いかけてきた。


「ん? 部活中も? 普段履いてないってなんで知ってるのかな?」

「あ」

「ほらほら、僕に聞かせてみなよ」

「……実はですね」


 隠すのもアレだったので先程あった事を詳細に伝える。

 と、聞き終えた凛子先輩は黙り込んだ。


「……そっか。告白ね」

「どうしたんすか」

「いや、ちょっと困るなぁと思って」

「え?」

「あぁいや、こっちの話。ほらほら、僕はもう着替えるから!」


 強引に押し出され、複雑な感じだ。

 そもそもあの反応はどういう意味だ。

 俺とすずが付き合ったら困るっていう事か? ナニユエ?

 意味が分からない。


 今日は姫希も凛子先輩もおかしな反応が目立つ。

 頭がこんがらがりそうだ。


 立ち尽くしていても仕方がないので、俺はコートへ向かった。



 ◇



 部活を眺めながら考える。

 やはり、最大の難点は凛子先輩だ。


 交代で二対二を回している選手ら。

 今は姫希&すずVS唯葉先輩&凛子先輩という対面構図になっている。

 早速上達したドリブルで上手くゴール下まで潜り込む姫希だが、やはりレイアップが入らない。

 しかし、ここで生きるのが新メンバー。


「んっ」


 ぐっと腰を落としてお尻で凛子先輩を抑え、そのままリバウンドを掴み取るすず。

 彼女はそのままパワープレーでシュートを沈めた。


「ナイスシュート」

「ん」


 すずは姫希の声に頷いた後、振り返って俺を見つめる。

 そしてニヤッとドヤ顔をした。


 先程からこればっかりだ。

 シュートを決めたら俺の方を見てドヤ顔。

 一対一で勝ったらドヤ顔、リバウンドを取ったらドヤ顔……。

 確かに凄いが、毎度毎度こっちを見るな。

 少し鬱陶しい。

 集中しやがれ。


 ため息を吐いて頭を抱えると、コップを差し出される。

 マネージャーの朝野先輩だった。


「麦茶いる?」

「ありがとうございます」

「皆上達してきたよ。千沙山君凄いね」

「そうなんですかね……」


 確かに上手くなったやつはいる。

 姫希は格段に上達したし、あきらもこの前シュートを教えたおかげか、若干シュートの調子が上がっている。

 唯葉先輩は特に変わりないが、これは元から大して問題もなかったので良い。

 問題はキス魔だ。


 凛子先輩、どうしよう。


 正直半月練習を見てきたが、凛子先輩は上達が窺えない。

 姫希と違って何か突出したスキルがありそうにも見えないし、あきらと違ってシュートも入らない。


 丁度姫希と凛子先輩が対面していたので、その様子をじっと見る。

 案の定あっさり抜かれる先輩。

 そして当然シュートに向かう姫希。

 だがしかし、姫希のシュートは最高点に達する前に、置いて行かれていたはずの凛子先輩によって叩き落とされた。


「足は速いし、ジャンプ力もあるよなぁ」


 以前から少し思っていたが身体能力はかなり高い。


 タイマーが鳴り、休憩時間に入る。

 俺の横で汗を拭っていた凛子先輩の体をじっと見つめてみた。


 全体的にしなやかで身軽そうだ。

 あきらと違って胸は薄いし、他の部員に比べて格段に足が細い。

 だけれど筋肉はしっかりついていて健康的で、ばねを感じる。


「……じ、じっと見つめてどうしたの?」

「あぁいや。良い身体してるなぁと思って」

「ッ!? しゅ、柊喜君!?」

「あ、あぁ! ち、違いますから! ……変な意味ではありません」


 特に何も考えずに言ったが、セクハラも良いところである。


「びっくりしたよ。ついにその気になってくれたのかと」

「そんなわけないじゃないですか」


 慣れたやり取りをしながら俺はコートを見渡す。

 さて、どうしたものか。


 凛子先輩にも個別指導をするのが一番手っ取り早いが、姫希との練習時間も減らしたくない。

 だが、だからと言って二人同時に個別指導をするほど俺にも余裕がない。

 俺だって一応は高校生であるため、授業もテストも課題もあるのだ。

 流石にこの人達のコーチに全身全霊をかけるわけにはいかない。


 仕方がない。

 方向性は本人と話し合って決めるしかないか。


「凛子先輩、今日の練習終わり少し良いですか?」

「告白?」

「違いますけど」

「だよね」


 ジト目を向けるとさらっと返された。


「今後の話を少し」

「わかったよ」


 と、話していると他の部員も寄ってくる。


「何の話をしてるんですか?」

「凛子先輩への指導方針を」

「またわたしだけハブられてますか!?」


 涙目で声を上げる唯葉先輩に苦笑した。


「違いますよ。そもそもあきらにも特に大した指導はしてませんし。姫希が例外なだけです」

「特段手間取らせるほど下手で悪かったわね」


 笑顔が引きつっている姫希。


 だがしかし、姫希が特別下手だったというのは正直語弊がある。

 バスケが一番下手なのは、恐らく凛子先輩だからだ。

 では何故姫希に最初に手厚く指導したかという話だが。

 理由は大きく二つある。

 一つ目は姫希の俺に対する警戒心が強すぎたため、今後の事を考えて仲良くなりたかったという事。

 二つ目は初日からやけに自身の実力を卑下しているのが気になったからという理由。


 確かに実力も最低水準なのは事実だが、まだ凛子先輩よりは真面目に練習をしているのと、ドリブルの基礎はあったため、下手すぎたのが理由で個別指導を行っているわけではない。


「でもあきらはお泊りしてたじゃないですか。仲良しさんです」

「まぁ私達は幼馴染だから」

「むぅ」


 確かに他三人に比べて唯葉先輩は抜けているし、指導も大してしてこなかった。

 そのせいで疎外感を与えてしまっているなら、それはよくない。

 コーチとして失態だ。


 唯葉先輩は、そうだな。


「唯葉ちゃん、一対一の練習でもしますか?」

「ち、千沙山くんとですか? ……ちょっと怖いです」

「殴ったりしませんけど」

「そういう事じゃないです!」


 悲鳴にも似た声で首を振る唯葉先輩に姫希が耳打ちする。


「この人、一対一とか言って腰のあたり触ってきますから気を付けてください」

「全部聞こえてんだよ」


 こいつ、毎度好き勝手言いやがって。

 ちなみに一対一中のボディタッチは俺より姫希の方が多い。

 本人は必死なんだろうが、足やら腕やらお腹やら腰やらをペタペタ触られるのだ。

 俺は意識して触る位置を考えているが、こいつは天然。

 タチが悪い。


 なんて話していると、ふと俺は気付く。


「あれ、すずは?」


 聞くと凛子先輩が答えた。


「あー、あの子休憩の度に部室に上がるんだよ」

「なんで?」

「お菓子食べてる」

「……」


 マイペース過ぎる奴だ。

 その後、俺以外の全員が部室へ向かうと、またも下半身裸でうたた寝をしていたらしい。

 とんでもない。

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